こうして俺たちは中村屋にむかった。中村屋は昭和からやってる食堂だ。うちの会社からは少し歩くけど、普通においしいし、量もおおいんで学生もけっこう来ている。とりあえず困ったら中村屋ってのが、この辺の住人の常識みたいになってる。
「あら、いらっしゃい。」
「あ、おばちゃん、新メニューってどんなの。」
こいつはあいかわらず人なつっこいな。
「ああ、耳が早いね。もう知ってるのかい。新メニューはね、肉うどんよ。学生さんからよく肉食べたいって聞くから、始めることにしたのよ。」
「へー、じゃ、それください。」
「はいよ。そちらのお客さんはなんにします。」
「んじゃ、なんにしようかな。天ぷらそばでおねがいします。」
「はい、肉うどん一つに天ぷらそばひとつね。わかりました。少々お待ちください。」
おばさんは厨房に戻っていった。
「肉うどんか。お前、そば食べるんじゃなかったのかよ。」
「ん、新メニューを開拓するほうが大事さ。俺はここのメニューを全部制覇してるんだ。」
「すごいのかそれは。」
「いいじゃねえか。それよりさ、俺がお前を昼飯にさそったのは、ちょっと理由があったんだ。」
「ひとりじゃさびしいからか。」
「おいおい。俺もいい大人だぜ。そんなことねえよ。だいたい家じゃいつもめしは一人だ。そうじゃなくて、最近、日本各地で、行方不明事件が連続してるだろ。」
「ああ、あれか。何の前触れもなく、目撃者もいない。犯人のめぼしもついていないってやつだろ。んでもって、なぜか27歳以上限定でいなくなるんだよな。」
「そうだ。そのことについてなんだけどよ。」
「なんだよ。」
「どうやらこの辺でもあったらしい。それもつい最近。」
「うそだろ。もしあったんだったらとっくにニュースになってるはずじゃないか。」
「なんか、単身赴任中のサラリーマンだったらしい。無断欠勤が続いたんで、アパートまでおしかけたら、もぬけの殻だったらしい。で、それが昨日の話。俺も、午前中行った取引先でしったんだ。でも、冷蔵庫に食べ物は入ってたし、通販でかったトレーニングマシーンが来てたから、突然いなくなる理由はあまり見つからないらしい。」
「仕事に疲れて逃げ出したんじゃないのか。」
「いや、そいつはまじめなやつで、単身赴任先でも頼りにされていて、よくできたやつだったらしい。家族の自慢話もよくしていたらしい。そんなやつがふっといなくなるなんてことあると思うか。」
「思わないな。」
「そうだろ、だからこの事件も、あの連続行方不明事件の一つなんじゃないかって思うんだよ。」
「だからなんだよ。関係ないだろ、俺たちには。」
「関係なくねえよ。俺たちももうすぐ27歳だろ。この事件にまきこまれない可能性は少なくないんだぜ。とくにお前はもうすぐ誕生日だ。気をつけたほうがいい。」
「んなオーバーは。もし仮にこの辺に犯人がいたとしても、俺たちがねらわれる可能性なんてほとんどないじゃねえか。そんな心配するだけ無駄だろ。」
「いちおう、気をつけろ、とはいっとくぞ。」
「はいはい。お、来たぞ。ほら、食おうぜ。」
「お、おーう。お、肉たくさん入ってるな。」
「常連さんだからね。サービスしとくよ。そっちのお兄さんも。」
「ありがとね、おばちゃん。」
ほんとだ、肉がたくさんはいってら。俺のもいつもよりてんぷらが一個多い。辛気臭い話された後だからちょっと疲れたけど、とりあえずこれ食べて午後からもがんばろう。
「うん、うまい。やっぱり男には肉よ。」
こいつはもうさっきの話を忘れてるみたいだ。単純でいいな。

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