と、ここまでしゃべったところで、急に電話にノイズが混じり始めた。
「ん、なんだ、おーい、星野。もしもーし。」
星野の声も、ノイズにまぎれて聞き取りにくくなった。そのとき、
「おいおい、うさんくさいとかいわないでくれよ。」
「ん、あれ、あれ、星野。」
急にやけにクリアーな声がきこえてきた。
「いやいや、違うよ。ひさしぶりだね、坂田君。といっても四日ぶりか。星野君のところにまだいって無かったのは勘弁してくれよ。なにしろ忙しくてね。今から星野君ところに行こうと思ってたら、君と電話してたんで、ちょっと割り込ませてもらったよ。」
この口調と、こんなことが出来るやつはひとりしかいない。
「てめえか。おどかすな。」
「ごめんごめん。あ、そうだ、おーい、星野君。」
ノイズが少しずつ弱くなり、星野の声が聞こえてきた。
「は、はい、もしもし。えっと、あなたが黒岩さん。」
「そうだよ。電話に割り込んでごめんね。ついでに坂田君とも話をしようと思ったんでね。」
「そんなことはいいから、はやく星野にこの状況の説明をしてやれ。元の時代に帰る方法もな。」
「おーこわ。はいはい、わかってるよ。はじめっからそのつもりさ。」
そのあと、黒岩は、星野に俺たちに説明したことを話した。ある程度は俺が話しておいたから、星野はわりとすんなり理解した、と思う。まあ、完璧じゃないだろうけど。人のことは言えないな。俺もだけど。今だってどこかで信じてないんだから。
「ん、なんだ、おーい、星野。もしもーし。」
星野の声も、ノイズにまぎれて聞き取りにくくなった。そのとき、
「おいおい、うさんくさいとかいわないでくれよ。」
「ん、あれ、あれ、星野。」
急にやけにクリアーな声がきこえてきた。
「いやいや、違うよ。ひさしぶりだね、坂田君。といっても四日ぶりか。星野君のところにまだいって無かったのは勘弁してくれよ。なにしろ忙しくてね。今から星野君ところに行こうと思ってたら、君と電話してたんで、ちょっと割り込ませてもらったよ。」
この口調と、こんなことが出来るやつはひとりしかいない。
「てめえか。おどかすな。」
「ごめんごめん。あ、そうだ、おーい、星野君。」
ノイズが少しずつ弱くなり、星野の声が聞こえてきた。
「は、はい、もしもし。えっと、あなたが黒岩さん。」
「そうだよ。電話に割り込んでごめんね。ついでに坂田君とも話をしようと思ったんでね。」
「そんなことはいいから、はやく星野にこの状況の説明をしてやれ。元の時代に帰る方法もな。」
「おーこわ。はいはい、わかってるよ。はじめっからそのつもりさ。」
そのあと、黒岩は、星野に俺たちに説明したことを話した。ある程度は俺が話しておいたから、星野はわりとすんなり理解した、と思う。まあ、完璧じゃないだろうけど。人のことは言えないな。俺もだけど。今だってどこかで信じてないんだから。
トライアゲイン 28
2005年5月20日 連載それからしばらく、伊勢は学校に来なかった。俺は相変わらずな日々を過ごしている。実力テストの結果が返ってきた。偏差値平均46.3。まて、俺ってこんなに出来なかったか。次は英単語テスト。それが終われば中間テスト。その5日後に模試があることが今朝担任から告げられた。まて、めちゃくちゃじゃないか。そんなわけで今俺は英単語を暗記しながら中間テストの勉強をし、受験勉強をしている。と、いえば聞こえはいいが、実際にはどっちつかずの状態で何をしたらいいのかわからない。まずは目の前の英単語だろうか。いや、これは落ちても再テストがある。評価は落ちるだろうが力を抜くか。なら、中間テストをやるべきか。でも、これは受験の範囲外のところまである。でも、成績は落とせない。模試は成績に関係ないから後回しにするか。いや、でも自分の実力を見るためにちゃんとしないと。受験のメイン教科だし。あー、もう。どうすりゃいいんだ、俺は。
そんなある日の夜。俺は部屋でテレビをつけながら歴史の問題集をといていた。範囲は江戸初期から中期まで。幕末なら得意なんだ、幕末なら。すると、
「ひろしー。電話―。」
なんだ。俺に電話。俺はこの時代に知り合いは3人しかいない。伊勢と花井と品川。どいつも俺の連絡先は知らないはずだ。
「わかったー。」
俺は母から電話をうけとった。
「もしもし。」
「もしもし。あの、坂田広君ですか。」
小さい声だがよく通る声だ。あの3人ではない。
「はい、そうですけど、あの、どちら様ですか。」
「あの、星野悟って言います。あの、ほら、大学の同級生の」
「え、あ、え、え、も、もしかして、星野。」
星野だ。やっぱりあいつもこの時代に来ていたんだ。
「なによ、大きな声出して。」
母が文句を言った。そうだ、この話は人にきかれちゃまずい。ちょっとまってくれとだけいい、俺はコードレス電話をもって自分の部屋に戻った。
「星野、おい、お前本当に星野か。」
「うん。よかった。やっと見つかったよ。あれから、僕は君の出身地ってきいてた、中林の坂田って電話番号に、手当たりしだい電話かけてたんだ。もしかしたらつながるかもって思って。君、今なにしてる。もしかして、高校生に戻ってる。」
「そのとおりだ。お前は。」
「僕も。本当は、もっと速く連絡を取りたかったんだけど、はじめどうしたらいいのかわからなかったし、いきなり見ず知らずのはずの君を探すのを人に頼むのも怪しまれそうだったから、電話でかたっぱしからって物量作戦しかなかったんだ。それに、僕、全寮制の高校に通ってるから、電話は自由には使えなかったから苦労したよ。だから、今までかかっちゃったんだ。」
「全寮制の学校。お前、今どこにいるんだ。」
「僕は八が島の八が島第二高校の寮にいるよ。」
八が島。ずいぶん遠いな。かなり南じゃないか。
「おまえ、そんな遠いとこ出身だったのか。ぜんぜん知らなかった。実家に帰ろうとしたこともなかったよな。」
「うん。まあ、うちの家族関係はちょっとね。」
星野は少し笑ってごまかした。大学のころ、こいつは一度も実家に帰らなかったし、帰ろうともしなかった。そのときは別に気に求めていなかったが、こいつにもやはり何かしらの事情があったんだろう。そうだ、そういや伝えないといけないことがあった。
「そうか、まあこれ以上は聞かない。それより、喜んでくれ、といっていいのか。伊勢が見つかった。あいつもこの時代に来ていて、俺と同じ高校に通ってる。」
「えっ、そうなの。そうか。伊勢君もこれに巻き込まれてたんだ。」
星野は、喜びと悲しみの混じった声で言った。
「そうだ。あいつは俺たちよりももっと早くからこっちの時代に来ていたらしい。高校で見つけたときは驚いた。あいつが俺と同じ高校に通っていて、俺と同じようにタイムスリップしているなんて思わなかったしな。」
「そっか。でも、まあ見つかってよかった。というしかないよね。」
「そうだな。あいつにもまたお前に連絡させるよ。電話番号教えてくれ。」
「うん、えーと、寮の電話だから簡単につながるかわかんないけど。えーと、○○○○××××。」
「ん、と。わかった。また連絡する。そうだ、お前、調子はどうなんだよ。」
「え、うん、まあ普通に高校生活を過ごしてる。でも、このままじゃダメだよね。どうにかしてもとの時代に変える方法を探さないと。」
そうだ、俺たちは元の次代に帰らないといけない。でも、その方法を星野は知らないみたいだ。黒岩のやつ、何て適当な。とにかく教えないと。
「それなんだが、一応俺と伊勢は、その方法を知っている。」
「え、ホント。だ、だったらはやく教えてよ。」
「その前に、お前、黒岩ってやつに会わなかったか。」
「黒岩さん。いや、あったことないけど。」
「じゃ、なんか怪しげなやつに声をかけられたことはなかったか。」
「うーん、どうかな。無かったと思う。」
やっぱり黒岩が現れるのは適当みたいだな。そういや、最近人がたくさん来るので忙しいとか何とかいってたな。無責任なやつだ。
「そうか、じゃあ仕方ないな。とにかく、なんかうさんくさいやつがいるんだ。そいつから聞いたんだが、俺たちはやっぱりタイムスリップしたらしい。難しい説明は省くけど、それだけは間違いない。そして、元の世界に戻るには、その人にとっての人生を決めた大きな決断をしないといけないんだ。だから、タイムスリップさせられる時期は、その決断よりも前になるらしい。」
「人生を決めた大きな決断。それって何。」
「人によって違うらしい。たとえば、俺と伊勢の場合は、砂原大学に合格すること。はっきりいって、かなりきつい。」
「砂原大合格。じゃ、僕はいったいどうすればいいの。」
「そうだ、それなんだが、人によって違うってことは、お前が帰る方法は俺にはわからないんだ。俺も、その黒岩ってやつにきいて、初めてわかったんだから。」
「そうなんだ。さっきから言ってる黒岩さんってだれ。」
「なんか、自称化け物ってやつだ。いや、じっさい化け物なんだけど。上手く説明できないけど、この事件に関係していることだけは間違いない。俺と伊勢の名前を知っていたし、その場から消えることもできた。やっぱりうさんくさいけど、信じるしかないだろう。お前も、いつか会えるはずだ。あいつの仕事は、この現象を説明することらしいし、フェアじゃないからといって、俺にはだいたい高二までの学力を戻してくれた。こういうことにこだわるやつが、現れないってこと無いはずだ。」
そんなある日の夜。俺は部屋でテレビをつけながら歴史の問題集をといていた。範囲は江戸初期から中期まで。幕末なら得意なんだ、幕末なら。すると、
「ひろしー。電話―。」
なんだ。俺に電話。俺はこの時代に知り合いは3人しかいない。伊勢と花井と品川。どいつも俺の連絡先は知らないはずだ。
「わかったー。」
俺は母から電話をうけとった。
「もしもし。」
「もしもし。あの、坂田広君ですか。」
小さい声だがよく通る声だ。あの3人ではない。
「はい、そうですけど、あの、どちら様ですか。」
「あの、星野悟って言います。あの、ほら、大学の同級生の」
「え、あ、え、え、も、もしかして、星野。」
星野だ。やっぱりあいつもこの時代に来ていたんだ。
「なによ、大きな声出して。」
母が文句を言った。そうだ、この話は人にきかれちゃまずい。ちょっとまってくれとだけいい、俺はコードレス電話をもって自分の部屋に戻った。
「星野、おい、お前本当に星野か。」
「うん。よかった。やっと見つかったよ。あれから、僕は君の出身地ってきいてた、中林の坂田って電話番号に、手当たりしだい電話かけてたんだ。もしかしたらつながるかもって思って。君、今なにしてる。もしかして、高校生に戻ってる。」
「そのとおりだ。お前は。」
「僕も。本当は、もっと速く連絡を取りたかったんだけど、はじめどうしたらいいのかわからなかったし、いきなり見ず知らずのはずの君を探すのを人に頼むのも怪しまれそうだったから、電話でかたっぱしからって物量作戦しかなかったんだ。それに、僕、全寮制の高校に通ってるから、電話は自由には使えなかったから苦労したよ。だから、今までかかっちゃったんだ。」
「全寮制の学校。お前、今どこにいるんだ。」
「僕は八が島の八が島第二高校の寮にいるよ。」
八が島。ずいぶん遠いな。かなり南じゃないか。
「おまえ、そんな遠いとこ出身だったのか。ぜんぜん知らなかった。実家に帰ろうとしたこともなかったよな。」
「うん。まあ、うちの家族関係はちょっとね。」
星野は少し笑ってごまかした。大学のころ、こいつは一度も実家に帰らなかったし、帰ろうともしなかった。そのときは別に気に求めていなかったが、こいつにもやはり何かしらの事情があったんだろう。そうだ、そういや伝えないといけないことがあった。
「そうか、まあこれ以上は聞かない。それより、喜んでくれ、といっていいのか。伊勢が見つかった。あいつもこの時代に来ていて、俺と同じ高校に通ってる。」
「えっ、そうなの。そうか。伊勢君もこれに巻き込まれてたんだ。」
星野は、喜びと悲しみの混じった声で言った。
「そうだ。あいつは俺たちよりももっと早くからこっちの時代に来ていたらしい。高校で見つけたときは驚いた。あいつが俺と同じ高校に通っていて、俺と同じようにタイムスリップしているなんて思わなかったしな。」
「そっか。でも、まあ見つかってよかった。というしかないよね。」
「そうだな。あいつにもまたお前に連絡させるよ。電話番号教えてくれ。」
「うん、えーと、寮の電話だから簡単につながるかわかんないけど。えーと、○○○○××××。」
「ん、と。わかった。また連絡する。そうだ、お前、調子はどうなんだよ。」
「え、うん、まあ普通に高校生活を過ごしてる。でも、このままじゃダメだよね。どうにかしてもとの時代に変える方法を探さないと。」
そうだ、俺たちは元の次代に帰らないといけない。でも、その方法を星野は知らないみたいだ。黒岩のやつ、何て適当な。とにかく教えないと。
「それなんだが、一応俺と伊勢は、その方法を知っている。」
「え、ホント。だ、だったらはやく教えてよ。」
「その前に、お前、黒岩ってやつに会わなかったか。」
「黒岩さん。いや、あったことないけど。」
「じゃ、なんか怪しげなやつに声をかけられたことはなかったか。」
「うーん、どうかな。無かったと思う。」
やっぱり黒岩が現れるのは適当みたいだな。そういや、最近人がたくさん来るので忙しいとか何とかいってたな。無責任なやつだ。
「そうか、じゃあ仕方ないな。とにかく、なんかうさんくさいやつがいるんだ。そいつから聞いたんだが、俺たちはやっぱりタイムスリップしたらしい。難しい説明は省くけど、それだけは間違いない。そして、元の世界に戻るには、その人にとっての人生を決めた大きな決断をしないといけないんだ。だから、タイムスリップさせられる時期は、その決断よりも前になるらしい。」
「人生を決めた大きな決断。それって何。」
「人によって違うらしい。たとえば、俺と伊勢の場合は、砂原大学に合格すること。はっきりいって、かなりきつい。」
「砂原大合格。じゃ、僕はいったいどうすればいいの。」
「そうだ、それなんだが、人によって違うってことは、お前が帰る方法は俺にはわからないんだ。俺も、その黒岩ってやつにきいて、初めてわかったんだから。」
「そうなんだ。さっきから言ってる黒岩さんってだれ。」
「なんか、自称化け物ってやつだ。いや、じっさい化け物なんだけど。上手く説明できないけど、この事件に関係していることだけは間違いない。俺と伊勢の名前を知っていたし、その場から消えることもできた。やっぱりうさんくさいけど、信じるしかないだろう。お前も、いつか会えるはずだ。あいつの仕事は、この現象を説明することらしいし、フェアじゃないからといって、俺にはだいたい高二までの学力を戻してくれた。こういうことにこだわるやつが、現れないってこと無いはずだ。」
5時間目。日本史。やる気のなさそうな教師がプリントを配ってそれを読ませるだけの授業。たまに誰かが当てられる。なんて不毛な授業なんだ。私立志望で日本史が要らないやつらは、完全に寝ている。教師も注意はしない。高校3年生にとっては、受験に関係の無い教科は捨て教科とかよく言ってた気がする。受験中心の教育の弊害を感じる。最後に中間試験の範囲を発表して、教師は出て行った。
「あーあ、こんなことやってる場合じゃねえんだけどなあ。」
「うえっ、範囲ひろっ。」
「問題集だけやっとけば楽勝だって。」
「いいよな、お前はよ。おれ暗記物は苦手なんだよ。」
いろんな声が聞こえてくる。ほとんど歴史にまじめに興味を持っているやつがいない。ただの暗記物としての存在価値しか存在していない。多分ほとんどのやつが受験が終わったら、歴史を忘れるだろう。俺も忘れていたので人のことはいえないが。俺はそんなことを思いながら問題集に目を落とした。検見法に変わって施行されたのは何。はあ、なんじゃそら。
6時間目。生物。俺は物理が難しいって理由で生物を選んだ。なら生物は簡単かって言うとそうじゃない。覚えることが多すぎてなんだかわからない。こっちにきてから一ヶ月。生物の授業で実験や観察があったことが無い。あいかわらずの詰め込みがた教育である。まあ、歴史よりはましだ。俺は教師が黒板に大量に書く文章をひたすらうつしていた。50分間ひたすら書きっぱなしだったので、授業が終わると俺の手は疲れていた。テストの範囲はやっぱり広い。
「テスト近いってのに進みすぎだろ。何考えてんだ、あいつ。」
「はやめに授業範囲を終わらせて、あとは受験勉強に切り替えるつもりらしい。」
「それはいいのか、悪いのか。微妙だな。」
掃除が終わり、補修という名の7時間目。科目は1時間目に続き数学。今日は1年のときの復習らしい。少しやり方の説明をしたあと、教師が言った。
「数学は復習が大事です。何問も問題をとくことで、みなさんの実力は確実にアップします。じゃあ、89ページの問題2と3をやってください。」
俺はまたしても睡魔に襲われ、問題3が解けないまま眠ってしまった。
こうして今日の授業は終了。あいかわらずつまらない。それでも、これをしっかりこなさないといけないし、もうすぐ中間テストもある。とにかく、勉強しないと。
帰りに伊勢を探したが結局見つからなかった。今後のことについて相談しようと思っていたんだが。今日は休みだったんだろうか。あいつの家はどこにあるかしらないからさがしようが無いし。仕方が無い。また明日にしよう。今日は塾がある。また2時間しぼられることになる。
「あーあ、こんなことやってる場合じゃねえんだけどなあ。」
「うえっ、範囲ひろっ。」
「問題集だけやっとけば楽勝だって。」
「いいよな、お前はよ。おれ暗記物は苦手なんだよ。」
いろんな声が聞こえてくる。ほとんど歴史にまじめに興味を持っているやつがいない。ただの暗記物としての存在価値しか存在していない。多分ほとんどのやつが受験が終わったら、歴史を忘れるだろう。俺も忘れていたので人のことはいえないが。俺はそんなことを思いながら問題集に目を落とした。検見法に変わって施行されたのは何。はあ、なんじゃそら。
6時間目。生物。俺は物理が難しいって理由で生物を選んだ。なら生物は簡単かって言うとそうじゃない。覚えることが多すぎてなんだかわからない。こっちにきてから一ヶ月。生物の授業で実験や観察があったことが無い。あいかわらずの詰め込みがた教育である。まあ、歴史よりはましだ。俺は教師が黒板に大量に書く文章をひたすらうつしていた。50分間ひたすら書きっぱなしだったので、授業が終わると俺の手は疲れていた。テストの範囲はやっぱり広い。
「テスト近いってのに進みすぎだろ。何考えてんだ、あいつ。」
「はやめに授業範囲を終わらせて、あとは受験勉強に切り替えるつもりらしい。」
「それはいいのか、悪いのか。微妙だな。」
掃除が終わり、補修という名の7時間目。科目は1時間目に続き数学。今日は1年のときの復習らしい。少しやり方の説明をしたあと、教師が言った。
「数学は復習が大事です。何問も問題をとくことで、みなさんの実力は確実にアップします。じゃあ、89ページの問題2と3をやってください。」
俺はまたしても睡魔に襲われ、問題3が解けないまま眠ってしまった。
こうして今日の授業は終了。あいかわらずつまらない。それでも、これをしっかりこなさないといけないし、もうすぐ中間テストもある。とにかく、勉強しないと。
帰りに伊勢を探したが結局見つからなかった。今後のことについて相談しようと思っていたんだが。今日は休みだったんだろうか。あいつの家はどこにあるかしらないからさがしようが無いし。仕方が無い。また明日にしよう。今日は塾がある。また2時間しぼられることになる。
長い午前中が終わってようやく昼休み。まじめに授業を受けるとこんなに疲れるものだったのか。さっきの体育も手伝って、頭も体もすごいだるい。俺は伊勢を誘って屋上で昼飯を食べようと思ったが、伊勢は教室にいなかった。
「おい、坂田。パン買いにいこう。」
花井が声をかけてきた。こいつは俺がこの時代にきたときにはじめて声をかけてきたやつ。てか、こいつとあとひとり、品川以外誰も声をかけてこない。俺には近寄りがたいオーラでも出ているんだろうか。それとも、俺の中の27歳の心が他のやつを避けてるんだろうか。いや、高校のころ、友達ってこの2人くらいしかいなかったんだっけ。
「おう、行こう。」
購買でパンを買って、花井と一緒に食べることにした。パンを買ったあと、教室にもどり、俺がパンの袋を開けようとしたとき、花井が突然こういった。
「坂田、お前、最近ちょっと変わったな。」
「へ。」
「絶対変わったって。何か、最近のお前って雰囲気が違うもん。大人びてるっていうか、さめてるっていうかさ。」
確かに、17歳のころの俺と、中身27歳の今の俺とはかなり違うだろう。考え方だって変わってるし、いろんな経験もしてきた。こないだまで17歳だったやつがいきなり27歳になったんだから、まわりのやつから見たら違和感があるのかもしれない。でも、それを感じさせないようにしてきたつもりなんだが。
「そんなことねえよ。何にもかわってないって。」
「いや、変わってる。あと、心ここにあらずって感じもする。なんかあったのか。」
う、こいつ意外と鋭い。確かに俺の心はここにはない。元の時代にもどることが目的なんだから。
「だからそんなことないって。俺は俺。変わんねえよ。」
「まあお前がそういうんならいいけどさ。ま、様子がおかしい気がしたからなんか悩みでもあるんじゃないかと思ってさ、聞いてみただけ。」
ああ、よかった。別に俺のことを怪しい目で見ていたわけじゃなかったんだ。
「ああ、ありがとな。俺の心配より、自分の心配しろよ。お前、進路どうするんだっけ。」
「俺か。いや、まだ未定。確かに人のこと言えないわ。」
花井は笑った。ああ、そういえば。俺はこいつの未来を知らない。これはいいことだな。下手に知ってたらよけい怪しまれるだけだ。でも、それはつまり、こいつとの関係も、高校を卒業したら疎遠になってしまってるってことだ。俺から連絡したこともないし、こいつから連絡が来たことも無い。もし会うことがあれば話すこともあるだろうけど、ひょっとしたらお互いの顔を覚えていないかもしれない。少なくとも俺は、この時代にくるまでこいつを忘れていた。友情は大切だなんて考えてるくせに。時間の流れとは残酷だ。
「じゃあ、お前は進路どうすんだよ。進学クラスなんだから、行くんだろ、大学。」
「ああ、そのつもりだけど。」
「じゃあ、どこの大学。」
「あー、うん。砂原大。」
そうだ。俺の目指す大学はそこしかない。そこに行かない限り俺は元の時代に戻れないんだから。
「え、まじでいってんの。正直、お前そんなに成績よくないだろ。なんでいきなりそんな難関大を目指すのさ。」
なんでこいつは俺の成績を知ってるんだ。誰かに教えたわけでもないのに。ああ、でも他人の成績ってやつはどこからか情報がもれているもんだったっけ。
「いいだろ。今からがんばる。」
「まあいいけどさ。まあ、俺からはがんばれとしか言えないけど。」
「ありがたく受け取っとくよ。」
そのあとしばらくどうでもいい話をした。昨日のテレビの話や、サッカーの話など。ワールドカップはまだ一年も先だっていうのに、花井はもう日本代表のスタメンや、ワールドカップの優勝予想なんかをしていた。特に俺はサッカーに興味は無いんだけど、話を合わせて、ドイツのゴールキーパーに注目してると言うと、花井は誰だそいつ、と笑った。ああ、そうだ。まだオリバー・カーンは日本ではそんなに人気が無いんだった。
「おい、坂田。パン買いにいこう。」
花井が声をかけてきた。こいつは俺がこの時代にきたときにはじめて声をかけてきたやつ。てか、こいつとあとひとり、品川以外誰も声をかけてこない。俺には近寄りがたいオーラでも出ているんだろうか。それとも、俺の中の27歳の心が他のやつを避けてるんだろうか。いや、高校のころ、友達ってこの2人くらいしかいなかったんだっけ。
「おう、行こう。」
購買でパンを買って、花井と一緒に食べることにした。パンを買ったあと、教室にもどり、俺がパンの袋を開けようとしたとき、花井が突然こういった。
「坂田、お前、最近ちょっと変わったな。」
「へ。」
「絶対変わったって。何か、最近のお前って雰囲気が違うもん。大人びてるっていうか、さめてるっていうかさ。」
確かに、17歳のころの俺と、中身27歳の今の俺とはかなり違うだろう。考え方だって変わってるし、いろんな経験もしてきた。こないだまで17歳だったやつがいきなり27歳になったんだから、まわりのやつから見たら違和感があるのかもしれない。でも、それを感じさせないようにしてきたつもりなんだが。
「そんなことねえよ。何にもかわってないって。」
「いや、変わってる。あと、心ここにあらずって感じもする。なんかあったのか。」
う、こいつ意外と鋭い。確かに俺の心はここにはない。元の時代にもどることが目的なんだから。
「だからそんなことないって。俺は俺。変わんねえよ。」
「まあお前がそういうんならいいけどさ。ま、様子がおかしい気がしたからなんか悩みでもあるんじゃないかと思ってさ、聞いてみただけ。」
ああ、よかった。別に俺のことを怪しい目で見ていたわけじゃなかったんだ。
「ああ、ありがとな。俺の心配より、自分の心配しろよ。お前、進路どうするんだっけ。」
「俺か。いや、まだ未定。確かに人のこと言えないわ。」
花井は笑った。ああ、そういえば。俺はこいつの未来を知らない。これはいいことだな。下手に知ってたらよけい怪しまれるだけだ。でも、それはつまり、こいつとの関係も、高校を卒業したら疎遠になってしまってるってことだ。俺から連絡したこともないし、こいつから連絡が来たことも無い。もし会うことがあれば話すこともあるだろうけど、ひょっとしたらお互いの顔を覚えていないかもしれない。少なくとも俺は、この時代にくるまでこいつを忘れていた。友情は大切だなんて考えてるくせに。時間の流れとは残酷だ。
「じゃあ、お前は進路どうすんだよ。進学クラスなんだから、行くんだろ、大学。」
「ああ、そのつもりだけど。」
「じゃあ、どこの大学。」
「あー、うん。砂原大。」
そうだ。俺の目指す大学はそこしかない。そこに行かない限り俺は元の時代に戻れないんだから。
「え、まじでいってんの。正直、お前そんなに成績よくないだろ。なんでいきなりそんな難関大を目指すのさ。」
なんでこいつは俺の成績を知ってるんだ。誰かに教えたわけでもないのに。ああ、でも他人の成績ってやつはどこからか情報がもれているもんだったっけ。
「いいだろ。今からがんばる。」
「まあいいけどさ。まあ、俺からはがんばれとしか言えないけど。」
「ありがたく受け取っとくよ。」
そのあとしばらくどうでもいい話をした。昨日のテレビの話や、サッカーの話など。ワールドカップはまだ一年も先だっていうのに、花井はもう日本代表のスタメンや、ワールドカップの優勝予想なんかをしていた。特に俺はサッカーに興味は無いんだけど、話を合わせて、ドイツのゴールキーパーに注目してると言うと、花井は誰だそいつ、と笑った。ああ、そうだ。まだオリバー・カーンは日本ではそんなに人気が無いんだった。
次の日から、俺はまじめに授業を受けることにした。こっちにきてからまじめに授業を受けるのは今日が初めてだ。なにしろ、俺の人生がかかっているのだ。今の俺は受験生と同じ、いや、それ以上に大変な立場だ。そんなことを考えていたが、やはり眠気は襲ってきた。昨日十分寝たはずなのに、なぜだ。それでも眠気には勝てず、また教師に注意されることになった。もう寝ていても生徒には誰も起こされなくなった。どうやら、ムダだと思われてしまったらしい。まわりのやつはみんなまじめに授業を受けている。
「2週間後に中間テストがあります。みなさん、しっかり勉強しておいてください。」
教師のこの言葉で授業は終わった。休み時間なったとたんため息ばかりが聞こえてきた。
「俺のうける大学にはこの内容関係ないんだよな。この中間テストはムダだわ。」
「ほんと、やってらんねえ。」
「でも、これやんねえと内申書がやべえからな。めんどくせえ。」
そんな話し声が聞こえてきた。そういや、3年の内容はそんなのも多かったっけ。砂原大はどうだったっけな。調べておかないといけない。
次の国語の授業は古文だった。俺の頭の中には『いとをかし』とか、『あに〜』の用法とかしか思い出せない。よくこんなんで古典を乗り切ってきたな、俺。ひたすら文法の説明のみでこの授業は終わった。教師の声は早口すぎて何を言っているのかよくわからなかったし、黒板の字はめちゃくちゃ汚かったが。授業が終わると、教師はさっさと教室をでていってしまった。
「ほんと、あいつ代えてくれねえかな。めちゃめちゃわかりにくい。」
「あいつの担当したクラスの古文の成績は毎回最悪らしいぜ。」
「まじでか。なんでそんなやつが俺たちの担当なんだよ、くそっ。」
「まじついてねえ。教員の試験もしろよって感じだよな。」
古文担当の教師の評価は最悪だった。この一時間はほとんど時間の無駄といってもいいくらいだ。
次は英語。教科書の内容をさっとなぞっただけで、あとはそれを例にしてひたすら文法の勉強。仮定法の復習、付加疑問文。教師は問題を出して答えさせようとしたが、誰も手を上げなかったため、今日の日付の出席番号のやつを当てた。こっちに来て一ヶ月。生徒が手を上げるのを見たことがない。そういや、高校ってそんなとこだっけ。授業開始20分でまた眠気がやってきて、結局授業をまともに聞くことは出来なかった。しかし、文法を少しだが理解できた気がした。
「中間テストの前に英単語テストがあるから勉強しとくように。一週間後。範囲は69ページから116ページまで。広い、そんぐらいやれ。いつもどおり、60点以下は再テスト。じゃ、終わり。」
あ、昨日やったところとは違う。
「おい、どうする。」
「俺は一夜漬けでいいよ。楽勝だろ。」
「なんでお前は毎回できるんだよ。俺いつも出来なくて毎回再テスト。」
「楽勝だって。例文と一緒に覚えりゃいいんだ。」
「やってるわ、それくらい。でも、覚えられないもんどうしようもねえ。前のときなんて2週間毎日やっても落ちたんだ。今回一週間しかないし。60点なんて無理。赤店は40点からなんだからこっちもそうしてくれよ。」
「知るか。勉強したらいいだろ。」
そういや、英単語テストはできるやつとできないやつに真っ二つにわかれてたな。これはもう完全に才能の世界だ。出来るやつは出来るし出来ないやつは出来ない。もっともどうしようもなくわけられる。俺も勉強しとかないと落ちる。成績を落としたらやばい。
次の授業は体育。なんで3年にもなって体育しないといけないんだというやつもいたが少数派で、大部分は文句言わずやってた。今日は長距離走。走りたくねえ。
「2週間後に中間テストがあります。みなさん、しっかり勉強しておいてください。」
教師のこの言葉で授業は終わった。休み時間なったとたんため息ばかりが聞こえてきた。
「俺のうける大学にはこの内容関係ないんだよな。この中間テストはムダだわ。」
「ほんと、やってらんねえ。」
「でも、これやんねえと内申書がやべえからな。めんどくせえ。」
そんな話し声が聞こえてきた。そういや、3年の内容はそんなのも多かったっけ。砂原大はどうだったっけな。調べておかないといけない。
次の国語の授業は古文だった。俺の頭の中には『いとをかし』とか、『あに〜』の用法とかしか思い出せない。よくこんなんで古典を乗り切ってきたな、俺。ひたすら文法の説明のみでこの授業は終わった。教師の声は早口すぎて何を言っているのかよくわからなかったし、黒板の字はめちゃくちゃ汚かったが。授業が終わると、教師はさっさと教室をでていってしまった。
「ほんと、あいつ代えてくれねえかな。めちゃめちゃわかりにくい。」
「あいつの担当したクラスの古文の成績は毎回最悪らしいぜ。」
「まじでか。なんでそんなやつが俺たちの担当なんだよ、くそっ。」
「まじついてねえ。教員の試験もしろよって感じだよな。」
古文担当の教師の評価は最悪だった。この一時間はほとんど時間の無駄といってもいいくらいだ。
次は英語。教科書の内容をさっとなぞっただけで、あとはそれを例にしてひたすら文法の勉強。仮定法の復習、付加疑問文。教師は問題を出して答えさせようとしたが、誰も手を上げなかったため、今日の日付の出席番号のやつを当てた。こっちに来て一ヶ月。生徒が手を上げるのを見たことがない。そういや、高校ってそんなとこだっけ。授業開始20分でまた眠気がやってきて、結局授業をまともに聞くことは出来なかった。しかし、文法を少しだが理解できた気がした。
「中間テストの前に英単語テストがあるから勉強しとくように。一週間後。範囲は69ページから116ページまで。広い、そんぐらいやれ。いつもどおり、60点以下は再テスト。じゃ、終わり。」
あ、昨日やったところとは違う。
「おい、どうする。」
「俺は一夜漬けでいいよ。楽勝だろ。」
「なんでお前は毎回できるんだよ。俺いつも出来なくて毎回再テスト。」
「楽勝だって。例文と一緒に覚えりゃいいんだ。」
「やってるわ、それくらい。でも、覚えられないもんどうしようもねえ。前のときなんて2週間毎日やっても落ちたんだ。今回一週間しかないし。60点なんて無理。赤店は40点からなんだからこっちもそうしてくれよ。」
「知るか。勉強したらいいだろ。」
そういや、英単語テストはできるやつとできないやつに真っ二つにわかれてたな。これはもう完全に才能の世界だ。出来るやつは出来るし出来ないやつは出来ない。もっともどうしようもなくわけられる。俺も勉強しとかないと落ちる。成績を落としたらやばい。
次の授業は体育。なんで3年にもなって体育しないといけないんだというやつもいたが少数派で、大部分は文句言わずやってた。今日は長距離走。走りたくねえ。
家に帰るまえに本屋により、数学と英語の問題集を買った。とりあえずこれで勉強しよう。家に帰ってもやっぱり誰もいなかった。今日はいつもより遅く帰ったのだが。まあいいか。俺は自分の部屋に入り、さっき買った問題集を早速開いた。サイン、コサイン、タンジェント。これ、なんだっけな。あ、そうだ。三角関数だ。たしかこれに角度をつけていろいろやって辺の長さとかを求めるんだった。やってみると、基礎問題は少してこずったが、なんとかできた。やはり、2年終了時くらいの学力は戻っているらしい。でも、応用問題になると、一問もできなかった。やはり、勉強が必要だ。三角関数の問題を何問かやったあと、英語の問題集に移った。文法問題がさっぱりわからないし、長文問題にはわからない単語が山のように出てきた。これは…。ぜんぜんできない。そういや、俺の英語の成績はいつも赤点ぎりぎりだったな。くそ、もっと勉強しとけよ、高2までの俺。結局英語の問題集はまったくとけず。それ以前にまず英単語がわかっていないんだからどうしようもない。英単語の暗記本がかばんの中から見つかったので、それを読んでいたら、夕食の時間になった。妹はまだ帰ってきていない。最近帰りが遅いことが多い。母と二人で夕食を食べることになった。
「あれ、茜は。まだ帰ってきていないの。」
「ああ、そうみたい。」
「まったく、いったいどこをほっつき歩いてるのかしら。まだ中学生だってのに。あの子、親に心配かけるような子じゃなかったのに。」
「大丈夫だって。多分友達のところにでもいってるだけさ。」
「それにしたって、その子の家に迷惑をかけちゃ申し訳ないわ。まったく、はやくかえってこないかしら。」
そんな会話をしながら、俺は夕食を食べた。終わったらまた英単語帳を読もう。そう思っていたが、俺はそのまま風呂にも入らず眠ってしまった。多分いろいろなことがあって疲れていたんだろう。
「あれ、茜は。まだ帰ってきていないの。」
「ああ、そうみたい。」
「まったく、いったいどこをほっつき歩いてるのかしら。まだ中学生だってのに。あの子、親に心配かけるような子じゃなかったのに。」
「大丈夫だって。多分友達のところにでもいってるだけさ。」
「それにしたって、その子の家に迷惑をかけちゃ申し訳ないわ。まったく、はやくかえってこないかしら。」
そんな会話をしながら、俺は夕食を食べた。終わったらまた英単語帳を読もう。そう思っていたが、俺はそのまま風呂にも入らず眠ってしまった。多分いろいろなことがあって疲れていたんだろう。
「人間。でも、なんで人間が時間の流れをおかしくすることなんてできるんだ。」
「君だって思ったことがあるだろう。今はいやだ、昔はよかった、高校生がうらやましい、とか。それ以外にも、逆に学生のほうが、大人はずるい、俺たちはこんなに苦しい思いをしてるのに何もしちゃくれない。なんにもわかっちゃくれない。自分も体験したとか言ってるけど、それならなぜ同じ苦しみを俺たちにも味合わせるんだ、なぜ変えようとしないんだ、お前らも同じ目にあってみろ、とかね。もちろん、こんなことは昔からあるよ。でもね、あまりにもその思いがたまりすぎたんだ。君たちはこの問題が存在しているのに無視してきた。学生時代はよかったとか、お前たちは恵まれてるとかいって聞こえないふり、いや、本当に聞こえていないのか。どっちか知らないけどね。とにかく、君たち大人の昔に戻りたいって意識と、子供たちのそれならお前らやってみろって意識によって、過去に流れようとする時間の流れが生まれた。まあ、でもそれは時間の流れを少しせき止めるほどの力しかなかったから、普通に時間は流れてたんだけど、その流れがぶつかっているところ、時間の断層ね。ここに力がたまりすぎてね。で、爆発しちゃったわけさ。」
「で、俺たちはそれにまきこまれたと。」
「そういうこと。全国各地で同じような爆発が起こってるんだよ。」
「でも、なんで27歳以上限定なんだ。」
「子供たちが敵の大人だって思い出すのがそれくらいの年齢からなんじゃないの。社会に慣れて、中には出世するやつも出てくる時期。まあ、この辺は僕にはよくわからないよ。」
「じゃあ、俺たちが高校生に戻ったのはなぜだ。お前の話だと、タイムスリップするだけのはずだろ。」
「君たちが巻き込まれたのは時間の爆発だ。子供たちの願いは、自分たちのことを分かっていない上、自分たちもこの状況を体験したくせに改善しようともしない大人たちに自分たちと同じ苦しみを味合わせることだ。その心の力は強くてね。ただでさえ強力な時間の爆発の力もあって、君たちを若くすることに成功したみたいだ。」
はっきりいってむちゃくちゃだ。俺たち大人と子供たちの考えが入り混じった影響で、日本各地に時間の爆発が発生して、俺たちは高校生にもどっただと。
「もうわけわかんねえよ。」
「ま、実際そうなんだからしかたないよ。おっと、忘れるところだった。三つ目の質問。星野君はどこに行ったのか、だったね。ごめんね。これはちょっと言えないんだ。これはルールだからね。やっぱりさ、実力で何とかしてもらわないとこっちとしても困るわけよ。僕が話せるのは君たちに何が起きたのかってことだけ。」
「ふざけるな。ここまで話しといてそれはないだろう。何がルールだ。わけわかんねえよ。」
「おいおい、別に僕は君たちの味方じゃないんだ。まあ、敵でもないけどね。」
黒岩はやれやれというポーズをとって言った。くそ、むかつく。
「僕は言うなら審判みたいなものさ。このゲームのね。」
「ゲーム。どういうことだよ。」
「君たち、もといた時代に帰りたいよね。」
黒岩がにやにや笑いながらきいてきた。
「当たり前じゃないか。早く帰ってみんなを安心させなきゃいけないし、仕事だってたまってるんだ。」
「ふーん。じゃ、帰る方法を教えてあげるよ。ただし、条件付だけどね。」
「あるのか、帰る方法が。」
やった、これで帰れる。
「あるよ。で、条件のことだけどさ。さっきも言ったけど、タイムスリップする人は、みんな自分の人生を決めるほどの大事な決定をする前の時期に飛ばされるんだ。元の世界に戻るには、その大事な決定を行えばいいわけ。」
「じゃあ、俺の大事な決定って何だ。」
「君の場合は、大学に合格すること。あの難関、国立砂原大学にね。伊勢君、君も同じさ。君たちは受験生になって、砂原大合格を目指すんだ。それ以外に帰る方法はないよ。」
「え…。」
もう一回砂原大に合格しろだって。そんな、無理だ。あのときだって、だめもとで、なぜ合格したのかわからないくらいギリギリだったってのに。俺があの大学に合格したのには当時の担任も驚いていたくらいなのに。あと、ただでさえ高校の内容をほとんど忘れているのに、今から勉強して合格できるとはとても思えない。
「あはは、もう絶望だって顔してるね。でもさ、一応君たちに朗報。君たちの学力は、君たちがこの時代にやってきたときまでのやつは回復してるから。坂田君の場合は高3の5月、伊勢君の場合は高三の4月。ま、これくらいはしとかないとフェアじゃないしね。君たちの一ヶ月は誤差って事で許してよ。何しろ最近多いんでね。僕も忙しいんだ。」
だからあの実力テストで高二までの内容はなんとなくわかったのか。でも、はっきりいってあのテストはほとんど出来なかった。あれがあのころの俺の実力だったってのか。
「それ以外には本当にないのか。もし合格できなかったらどうなるんだ。」
「ないよ。それがルールだからね。もし合格できなかったら、君たちはそのままこの時代に残って、新しい人生をやり直すことになるよ。これも悪くない話だと思うけどね。実際、そうすることを選ぶ人だっているしさ。さっきもいったように、これは子供の憎しみと大人の願望が生み出した現象なんだ。だから、一応君たち大人の昔に戻りたいや、人生をやり直したいって願いも聞いてあげられるのさ。」
「俺は元の時代に戻りたい。」
「だよね。まあ、いろいろ考えてみなよ。それじゃ、僕は次の人のところに行かなきゃいけないから。じゃあね。」
「あ、待て。」
そういって黒岩は消えてしまった。幽霊のように(いや、幽霊をみたことはないが)すうっと。あとにのこされた俺たちはしばらく無言だった。あいつの話では、もとの世界に戻るには、砂原大に合格しないといけない。昔の俺はそれを達成している。でも、ぎりぎりだ。もう一度やれといわれてできるだろうか。期限はあと一年、いや、一年もない。
「おい、伊勢。お前、できそうか。」
伊勢は黙っている。聞こえていないのか、それとも考えているのか。表情が変わらないのでよくわからない。
「おい、砂原大に合格できそうかってきいてんだ。」
「あ、ああ、うん。まだわかんないけど。」
まあ、そうだよな。俺だってわかんないし。
「坂田君はどう。」
「俺もわかんねえ。はあ、なんでこんなことになっちまったんだろうな。」
伊勢はまた黙った。特にこのままここにいても仕方が無いので、俺たちはもう家に帰ることにした。結局伊勢はずっと黙ったままだった。まあ、俺もだけど。
「君だって思ったことがあるだろう。今はいやだ、昔はよかった、高校生がうらやましい、とか。それ以外にも、逆に学生のほうが、大人はずるい、俺たちはこんなに苦しい思いをしてるのに何もしちゃくれない。なんにもわかっちゃくれない。自分も体験したとか言ってるけど、それならなぜ同じ苦しみを俺たちにも味合わせるんだ、なぜ変えようとしないんだ、お前らも同じ目にあってみろ、とかね。もちろん、こんなことは昔からあるよ。でもね、あまりにもその思いがたまりすぎたんだ。君たちはこの問題が存在しているのに無視してきた。学生時代はよかったとか、お前たちは恵まれてるとかいって聞こえないふり、いや、本当に聞こえていないのか。どっちか知らないけどね。とにかく、君たち大人の昔に戻りたいって意識と、子供たちのそれならお前らやってみろって意識によって、過去に流れようとする時間の流れが生まれた。まあ、でもそれは時間の流れを少しせき止めるほどの力しかなかったから、普通に時間は流れてたんだけど、その流れがぶつかっているところ、時間の断層ね。ここに力がたまりすぎてね。で、爆発しちゃったわけさ。」
「で、俺たちはそれにまきこまれたと。」
「そういうこと。全国各地で同じような爆発が起こってるんだよ。」
「でも、なんで27歳以上限定なんだ。」
「子供たちが敵の大人だって思い出すのがそれくらいの年齢からなんじゃないの。社会に慣れて、中には出世するやつも出てくる時期。まあ、この辺は僕にはよくわからないよ。」
「じゃあ、俺たちが高校生に戻ったのはなぜだ。お前の話だと、タイムスリップするだけのはずだろ。」
「君たちが巻き込まれたのは時間の爆発だ。子供たちの願いは、自分たちのことを分かっていない上、自分たちもこの状況を体験したくせに改善しようともしない大人たちに自分たちと同じ苦しみを味合わせることだ。その心の力は強くてね。ただでさえ強力な時間の爆発の力もあって、君たちを若くすることに成功したみたいだ。」
はっきりいってむちゃくちゃだ。俺たち大人と子供たちの考えが入り混じった影響で、日本各地に時間の爆発が発生して、俺たちは高校生にもどっただと。
「もうわけわかんねえよ。」
「ま、実際そうなんだからしかたないよ。おっと、忘れるところだった。三つ目の質問。星野君はどこに行ったのか、だったね。ごめんね。これはちょっと言えないんだ。これはルールだからね。やっぱりさ、実力で何とかしてもらわないとこっちとしても困るわけよ。僕が話せるのは君たちに何が起きたのかってことだけ。」
「ふざけるな。ここまで話しといてそれはないだろう。何がルールだ。わけわかんねえよ。」
「おいおい、別に僕は君たちの味方じゃないんだ。まあ、敵でもないけどね。」
黒岩はやれやれというポーズをとって言った。くそ、むかつく。
「僕は言うなら審判みたいなものさ。このゲームのね。」
「ゲーム。どういうことだよ。」
「君たち、もといた時代に帰りたいよね。」
黒岩がにやにや笑いながらきいてきた。
「当たり前じゃないか。早く帰ってみんなを安心させなきゃいけないし、仕事だってたまってるんだ。」
「ふーん。じゃ、帰る方法を教えてあげるよ。ただし、条件付だけどね。」
「あるのか、帰る方法が。」
やった、これで帰れる。
「あるよ。で、条件のことだけどさ。さっきも言ったけど、タイムスリップする人は、みんな自分の人生を決めるほどの大事な決定をする前の時期に飛ばされるんだ。元の世界に戻るには、その大事な決定を行えばいいわけ。」
「じゃあ、俺の大事な決定って何だ。」
「君の場合は、大学に合格すること。あの難関、国立砂原大学にね。伊勢君、君も同じさ。君たちは受験生になって、砂原大合格を目指すんだ。それ以外に帰る方法はないよ。」
「え…。」
もう一回砂原大に合格しろだって。そんな、無理だ。あのときだって、だめもとで、なぜ合格したのかわからないくらいギリギリだったってのに。俺があの大学に合格したのには当時の担任も驚いていたくらいなのに。あと、ただでさえ高校の内容をほとんど忘れているのに、今から勉強して合格できるとはとても思えない。
「あはは、もう絶望だって顔してるね。でもさ、一応君たちに朗報。君たちの学力は、君たちがこの時代にやってきたときまでのやつは回復してるから。坂田君の場合は高3の5月、伊勢君の場合は高三の4月。ま、これくらいはしとかないとフェアじゃないしね。君たちの一ヶ月は誤差って事で許してよ。何しろ最近多いんでね。僕も忙しいんだ。」
だからあの実力テストで高二までの内容はなんとなくわかったのか。でも、はっきりいってあのテストはほとんど出来なかった。あれがあのころの俺の実力だったってのか。
「それ以外には本当にないのか。もし合格できなかったらどうなるんだ。」
「ないよ。それがルールだからね。もし合格できなかったら、君たちはそのままこの時代に残って、新しい人生をやり直すことになるよ。これも悪くない話だと思うけどね。実際、そうすることを選ぶ人だっているしさ。さっきもいったように、これは子供の憎しみと大人の願望が生み出した現象なんだ。だから、一応君たち大人の昔に戻りたいや、人生をやり直したいって願いも聞いてあげられるのさ。」
「俺は元の時代に戻りたい。」
「だよね。まあ、いろいろ考えてみなよ。それじゃ、僕は次の人のところに行かなきゃいけないから。じゃあね。」
「あ、待て。」
そういって黒岩は消えてしまった。幽霊のように(いや、幽霊をみたことはないが)すうっと。あとにのこされた俺たちはしばらく無言だった。あいつの話では、もとの世界に戻るには、砂原大に合格しないといけない。昔の俺はそれを達成している。でも、ぎりぎりだ。もう一度やれといわれてできるだろうか。期限はあと一年、いや、一年もない。
「おい、伊勢。お前、できそうか。」
伊勢は黙っている。聞こえていないのか、それとも考えているのか。表情が変わらないのでよくわからない。
「おい、砂原大に合格できそうかってきいてんだ。」
「あ、ああ、うん。まだわかんないけど。」
まあ、そうだよな。俺だってわかんないし。
「坂田君はどう。」
「俺もわかんねえ。はあ、なんでこんなことになっちまったんだろうな。」
伊勢はまた黙った。特にこのままここにいても仕方が無いので、俺たちはもう家に帰ることにした。結局伊勢はずっと黙ったままだった。まあ、俺もだけど。
「伊勢、知り合いか。」
小声で聞いてみた。
「ううん、知らない。」
「そんな変な顔しないでくれよ。僕は君たちとお話に来たんだからさ。」
身長は170センチくらい。体はやせている。やけに姿勢がいい。黒髪がだらしなく伸びて、目と耳を隠していて顔はよくわからない。どことなく不気味な雰囲気をしたやつだ。
「誰だよ、お前。」
「あら、自己紹介がまだだったね。僕は黒岩。まあ、君たちの言葉で言う、化け物ってやつさ。坂田君。」
「はあ、何いってんだよ。」
頭がおかしいのか、それともただのナルシストか。てか、こいつは何で俺の名前を知ってるんだ。
「それに、何で俺の名前を知ってるんだ。」
「だから僕は化け物だって言ってるじゃないか。知らないことなんてないよ。そこの君は伊勢君だね。」
こいつは踊るような手つきで伊勢を指差した。伊勢はしり込みしている。
「それだけじゃないよ。こんなことも知ってる。君たちは、この間まで大人で、なぜだかわからないけどこの世界にやってきて高校生になった。今は自分たちに何が起きているかよくわかっていないけど、ただなんとなく日々を過ごしている。」
な、なんでこいつはそんなこと知ってるんだ。
「どうだい、図星だろ。ま、聞かなくても顔になんでわかったんだってかいてあるよ。」
「お、お前は俺たちに何が起こったのか知っているのか。」
こいつは片手を胸に当てながらいった。
「もちろん知ってるよ。なんてったって、化け物だからね。」
「じゃ、教えてくれ、俺たちに何が起こったんだ。」
こいつはフッと息を吐いてから言った。
「ま、半分気付いてるみたいだけどさ。本当に聞きたい。」
「当たり前だろ。」
「じゃ、教えたげるよ。君たちはタイムスリップしたんだ。君たちがいた2011年の10年前、2001年に。君たちは高校生のころに完全に戻ったんだ。」
やっぱりそうか。こいつの言葉を完全に信用していいのかわからないけど、ここまで俺たちのことを知っていたんだからたぶん間違いないだろう。俺たちはタイムスリップして高校生に戻った。これは現実なんだ。
「ここまではまあ大体気付いてるよね。一応言っとくけど、これは夢じゃなくて現実だよ。」
「なら、他の行方不明になった人たちも同じか。みんなこの時代に来ているのか。星野もこの時代に来ているのか。」
「いっぺんに言わないでくれよ。じゃあ、とりあえず最初の質問。他の行方不明になった人たちも同じか。まあ、全員ってわけじゃないよ。中にはあの事件にまぎれて自分で蒸発した人や誘拐された人もいるけど。まあ、だいたいそうだよ。きみたちと同じでタイムスリップしてる。以上、質問はある。」
ああ、俺の予想は半分は当たってたんだな。まあ、今はそんなことどうでもいい。
「いや、続けてくれ。」
黒岩は俺たちの前に指を二本立てた。
「それじゃ、二つ目の質問。みんなこの時代に来ているのか。答えはノーだ。人によってタイムスリップする時代は違う。理由は簡単。その人が自分の人生を決めるほどの大きな決定をする前の時代に飛ばされるから。タイムスリップするときの年齢も違えば、大きな決定をするときの年齢も違う。だから、誰がいつに飛ばされるかはその人しだい。」
「なんだよ、それ。無茶苦茶じゃねえか。」
「まあそうかもね。僕もなぜかはよく知らないんだ。」
「なんでだよ。ここまで知ってるくせに。この事件、お前がやったんじゃないのか。」
「おいおい、心外だな。僕がやったんじゃないよ。この事件は。まあ、関係者であることは確かだけど。」
「じゃあ、誰がやったんだよ。誰が犯人なんだ。」
犯人。そうだ、この事件は誰か犯人がいるのか。現に、目の前のこいつが事件についてやけに詳しいってことは、誰かがこの事件の起こして、それをこいつに教えたってことじゃないのか。
「犯人なんていないよ。」
いない。そうだよな。こんなこと普通の人間には不可能だ。なら、一体。
「これは自然現象みたいなものさ。地震だって断層に力が入りすぎて、それが爆発して起こるだろう。それと似たようなものさ。」
「どういうことだよ。」
「つまり、地震にたとえるなら、時間の断層に力が入りすぎたってことなのさ。時間の地震。ほんとはもっとややこしいんだけどね。」
「ぜんぜんわかんねえよ。時間の地震、時間の断層、それに力が入りすぎたってのはどういうことだ。」
「うーん、説明するのは難しいんだけどね。時間ってのは普段は過去から未来にむかって流れているものなんだよ。まあ、位置や物体のスピード、あとブラックホールなんかによって時間の流れが変わってくるところもあるけど、地球上ではどこもほとんど同じさ。でも、まあその時間の流れにも、たまに部分的にぶつかったり離れたりしているところがあるんだ。普通は気付かないけどね。でもね、その時間がぶつかっているところ、まあ、いいかたはおかしいけど、時間の断層に最近強い力がかかっているんだ。」
「なんだよ、その強い力って。」
「さっき犯人はいないって言ったけど、訂正するよ。人間さ。人間の心の力さ。とはいっても一人の人間じゃない。大多数の人間の。」
小声で聞いてみた。
「ううん、知らない。」
「そんな変な顔しないでくれよ。僕は君たちとお話に来たんだからさ。」
身長は170センチくらい。体はやせている。やけに姿勢がいい。黒髪がだらしなく伸びて、目と耳を隠していて顔はよくわからない。どことなく不気味な雰囲気をしたやつだ。
「誰だよ、お前。」
「あら、自己紹介がまだだったね。僕は黒岩。まあ、君たちの言葉で言う、化け物ってやつさ。坂田君。」
「はあ、何いってんだよ。」
頭がおかしいのか、それともただのナルシストか。てか、こいつは何で俺の名前を知ってるんだ。
「それに、何で俺の名前を知ってるんだ。」
「だから僕は化け物だって言ってるじゃないか。知らないことなんてないよ。そこの君は伊勢君だね。」
こいつは踊るような手つきで伊勢を指差した。伊勢はしり込みしている。
「それだけじゃないよ。こんなことも知ってる。君たちは、この間まで大人で、なぜだかわからないけどこの世界にやってきて高校生になった。今は自分たちに何が起きているかよくわかっていないけど、ただなんとなく日々を過ごしている。」
な、なんでこいつはそんなこと知ってるんだ。
「どうだい、図星だろ。ま、聞かなくても顔になんでわかったんだってかいてあるよ。」
「お、お前は俺たちに何が起こったのか知っているのか。」
こいつは片手を胸に当てながらいった。
「もちろん知ってるよ。なんてったって、化け物だからね。」
「じゃ、教えてくれ、俺たちに何が起こったんだ。」
こいつはフッと息を吐いてから言った。
「ま、半分気付いてるみたいだけどさ。本当に聞きたい。」
「当たり前だろ。」
「じゃ、教えたげるよ。君たちはタイムスリップしたんだ。君たちがいた2011年の10年前、2001年に。君たちは高校生のころに完全に戻ったんだ。」
やっぱりそうか。こいつの言葉を完全に信用していいのかわからないけど、ここまで俺たちのことを知っていたんだからたぶん間違いないだろう。俺たちはタイムスリップして高校生に戻った。これは現実なんだ。
「ここまではまあ大体気付いてるよね。一応言っとくけど、これは夢じゃなくて現実だよ。」
「なら、他の行方不明になった人たちも同じか。みんなこの時代に来ているのか。星野もこの時代に来ているのか。」
「いっぺんに言わないでくれよ。じゃあ、とりあえず最初の質問。他の行方不明になった人たちも同じか。まあ、全員ってわけじゃないよ。中にはあの事件にまぎれて自分で蒸発した人や誘拐された人もいるけど。まあ、だいたいそうだよ。きみたちと同じでタイムスリップしてる。以上、質問はある。」
ああ、俺の予想は半分は当たってたんだな。まあ、今はそんなことどうでもいい。
「いや、続けてくれ。」
黒岩は俺たちの前に指を二本立てた。
「それじゃ、二つ目の質問。みんなこの時代に来ているのか。答えはノーだ。人によってタイムスリップする時代は違う。理由は簡単。その人が自分の人生を決めるほどの大きな決定をする前の時代に飛ばされるから。タイムスリップするときの年齢も違えば、大きな決定をするときの年齢も違う。だから、誰がいつに飛ばされるかはその人しだい。」
「なんだよ、それ。無茶苦茶じゃねえか。」
「まあそうかもね。僕もなぜかはよく知らないんだ。」
「なんでだよ。ここまで知ってるくせに。この事件、お前がやったんじゃないのか。」
「おいおい、心外だな。僕がやったんじゃないよ。この事件は。まあ、関係者であることは確かだけど。」
「じゃあ、誰がやったんだよ。誰が犯人なんだ。」
犯人。そうだ、この事件は誰か犯人がいるのか。現に、目の前のこいつが事件についてやけに詳しいってことは、誰かがこの事件の起こして、それをこいつに教えたってことじゃないのか。
「犯人なんていないよ。」
いない。そうだよな。こんなこと普通の人間には不可能だ。なら、一体。
「これは自然現象みたいなものさ。地震だって断層に力が入りすぎて、それが爆発して起こるだろう。それと似たようなものさ。」
「どういうことだよ。」
「つまり、地震にたとえるなら、時間の断層に力が入りすぎたってことなのさ。時間の地震。ほんとはもっとややこしいんだけどね。」
「ぜんぜんわかんねえよ。時間の地震、時間の断層、それに力が入りすぎたってのはどういうことだ。」
「うーん、説明するのは難しいんだけどね。時間ってのは普段は過去から未来にむかって流れているものなんだよ。まあ、位置や物体のスピード、あとブラックホールなんかによって時間の流れが変わってくるところもあるけど、地球上ではどこもほとんど同じさ。でも、まあその時間の流れにも、たまに部分的にぶつかったり離れたりしているところがあるんだ。普通は気付かないけどね。でもね、その時間がぶつかっているところ、まあ、いいかたはおかしいけど、時間の断層に最近強い力がかかっているんだ。」
「なんだよ、その強い力って。」
「さっき犯人はいないって言ったけど、訂正するよ。人間さ。人間の心の力さ。とはいっても一人の人間じゃない。大多数の人間の。」
昼休み、俺は伊勢らしき人物をさがしに、他のクラスをまわった。そいつは、簡単に見つかった。3年4組の教室で、一人弁当を食っていた。やっぱりあいつは伊勢だ。俺と同じ高校だったのか。でも、あいつそんなことは一言も言わなかったよな。俺はあいつの出身地さえしらないし。今中に入るのも目立つから、あいつが外に出たら声をかけようと思ったが、食べ終わったら本を読み出し、結局昼休みに出てくることはなかった。そのあとも休み時間のたびにあいつを見張ったが、(もちろん目立たないように)教室から出てこなかった。仕方がない。放課後にするか。放課後は人の移動が激しいから、あいつを探すのが大変になるんでさけたかったんだけど。
放課後、俺は3年4組の教室に向かった。よかった。伊勢はまだ中にいる。相変わらず誰とも話していないが、まあ、そのほうが都合がいい。しばらく待っていると、伊勢が教室から出てきた。教室から離れて、廊下を曲がったとこれで、俺は声をかけた。
「おい、伊勢。」
まだ確証はないけど。伊勢は気づいていないのか、そのまま歩いていく。
「おい、伊勢ってば。俺だよ、俺、坂田だ。」
俺はさっきよりも大きな声で言った。放課後特有のあわただしさで、少しぐらい大声をあげても、誰も気にとめやしない。やっぱり伊勢は気付かない。いや、もしかして本当にこいつは伊勢じゃないのかもしれない。だったら、反応しなくても当たり前だろう。でも、これであきらめたら、俺は手がかりを失ってしまう。伊勢じゃなかったら仕方がない。俺はそいつの肩をたたいて、もっと直接的に接触した。失敗したら、人違いだとあやまろう。「おいってば、ちょっと話を聞いてくれ。」
肩をたたかれたそいつは、やっと俺の存在に気付いたらしく、俺のほうを見た。
「な、何。」
「何、じゃないだろう。お前、伊勢だろう。俺は坂田。俺のことを忘れたのか。」
「た、確かに僕は伊勢だけどさ。え、え、君は、ええと、坂田君。」
やっぱりこいつは伊勢だった。でも、今は少し混乱しているらしい。
「いいから少し落ち着け。俺はお前の大学のサークル仲間の坂田広だ。ちょっとここじゃなんだから、どっか誰もいない落ち着けるところへ行こう。屋上でいいか。」
「う、うん。でも、何で君がここに。」
「いいから、その話はあとだ。」
こうして俺たちは屋上に向かった。めったに人はいないだろうが、ひょっとしたらいるかもしれないという不安はあったが、幸い誰もいなかった。伊勢は、不安そうに黙って俺のあとをついてきた。
「いいか、聞きたいことはいろいろあるけど、まずは俺から説明する。まず、お前は伊勢一彦で間違いないな。」
「うん。」
「ついこの間まで、夏畑で働くサラリーマンだった。で、俺の大学のサークル仲間だった。つまり、俺の知っている伊勢一彦で間違いないな。」
「うん。でも、君が何者かわからないから確証は持てないけど。本当に坂田君なの。僕の知ってる。」
「そうだ。お前がまじめに講義に出ていたのも知ってるし、2年前の同窓会で夏旗名物のうどんの話をしていたのも覚えている。」
「じゃあ、本当に僕の知ってる坂田君なんだ。じゃあ、教えてよ。一体僕に何があっんだ。」
「お前は、向こうの世界、てか未来か。で、俺がこっちにきてからの日数も含めて二ヶ月ほど前に行方不明になったんだ。原因不明の連続行方不明事件。覚えてるだろ。」
「うん。27歳以上の人しか行方不明にならない、そしてそれ以外てがかりがないとかいう変な事件だったような。そんで、僕も行方不明になってるんだ。」
「そうだ。お前が行方不明になったあとも、この事件は続いてる。お前の事件も手がかりが無かったから、この事件なんじゃないかってことになった。俺は違うっていってたんだけどな。でも、行方不明なのは事実だから、俺たちはお前を探してたんだ。ひょっとしたら大学がある砂原にきてるんじゃないかってな。」
ちょっと嘘ついたがまあいい。
「でも、お前は見つからなかった。で、俺と後藤と星野の三人で、お前を探しに夏畑までやってきたんだ。」
「そうなんだ。ありがとう、心配してくれて。僕もここに来て二ヶ月くらいだから、ちょうど僕が行方不明になった時期と一致するよ。」
「そうか、ならお前は行方不明になってここにやってきたんだな。て、ことは俺も同じ事件にまきこまれたってことか。お前、どうやってここに来たんだ。」
「なんだかわからないけど、朝家から出ようとドア出た瞬間に、まわりの景色がゆがんで、いつの間にか僕はこの学校の教室の中に入っていたんだ。君こそ、どうやってきたの。」
俺とは違うが、まあ大体同じだ。こいつもなんだかわからないけど、こっちにやってきてしまったんだな。と、いうことは、星野もこの世界にいるかもしれない。そして、今まで行方不明になった人たちも。
「俺もお前と似たようなもんだ。お前を探しに新潟まで来た日の夜、ジュースを買いに行ったら、わけわかんない現象に巻き込まれてここにきた。こっちにきてもう1ヶ月だ。あと、星野も俺と一緒に巻き込まれた。多分この世界にいるはずだ。俺たちと同じなら、あいつも高校生になっているはずだ。」
「そうなの。なら、はやくさがそう。」
「でも、手がかりは何にもねえ。あいつと連絡とろうにも、電話番号は携帯に記録させてたからわかんねえし、住所も知らない。さがしようがねえよ。」
「そっか、じゃあどうしよう。」
「わかんねえよ。俺も、お前を見つけて何か手がかりがあるかもと思ったんだ。元の世界に戻る方法が見つかるかもって。でも、お前も何もわかんねえんだろ。このまま俺たちはどうなっちまうんだよ。」
せっかく伊勢を見つけたのに、ほとんどまともな手がかりが得られなかった。くそっ。
「やあ、困ってるようだね、君たちぃ。」
なんだ。声のしたほうを振り向いてみると、この学校の生徒らしきやつが立っていた。でも、俺はこんなやつ知らない。そいつは俺たちをまっすぐ見つめている。
放課後、俺は3年4組の教室に向かった。よかった。伊勢はまだ中にいる。相変わらず誰とも話していないが、まあ、そのほうが都合がいい。しばらく待っていると、伊勢が教室から出てきた。教室から離れて、廊下を曲がったとこれで、俺は声をかけた。
「おい、伊勢。」
まだ確証はないけど。伊勢は気づいていないのか、そのまま歩いていく。
「おい、伊勢ってば。俺だよ、俺、坂田だ。」
俺はさっきよりも大きな声で言った。放課後特有のあわただしさで、少しぐらい大声をあげても、誰も気にとめやしない。やっぱり伊勢は気付かない。いや、もしかして本当にこいつは伊勢じゃないのかもしれない。だったら、反応しなくても当たり前だろう。でも、これであきらめたら、俺は手がかりを失ってしまう。伊勢じゃなかったら仕方がない。俺はそいつの肩をたたいて、もっと直接的に接触した。失敗したら、人違いだとあやまろう。「おいってば、ちょっと話を聞いてくれ。」
肩をたたかれたそいつは、やっと俺の存在に気付いたらしく、俺のほうを見た。
「な、何。」
「何、じゃないだろう。お前、伊勢だろう。俺は坂田。俺のことを忘れたのか。」
「た、確かに僕は伊勢だけどさ。え、え、君は、ええと、坂田君。」
やっぱりこいつは伊勢だった。でも、今は少し混乱しているらしい。
「いいから少し落ち着け。俺はお前の大学のサークル仲間の坂田広だ。ちょっとここじゃなんだから、どっか誰もいない落ち着けるところへ行こう。屋上でいいか。」
「う、うん。でも、何で君がここに。」
「いいから、その話はあとだ。」
こうして俺たちは屋上に向かった。めったに人はいないだろうが、ひょっとしたらいるかもしれないという不安はあったが、幸い誰もいなかった。伊勢は、不安そうに黙って俺のあとをついてきた。
「いいか、聞きたいことはいろいろあるけど、まずは俺から説明する。まず、お前は伊勢一彦で間違いないな。」
「うん。」
「ついこの間まで、夏畑で働くサラリーマンだった。で、俺の大学のサークル仲間だった。つまり、俺の知っている伊勢一彦で間違いないな。」
「うん。でも、君が何者かわからないから確証は持てないけど。本当に坂田君なの。僕の知ってる。」
「そうだ。お前がまじめに講義に出ていたのも知ってるし、2年前の同窓会で夏旗名物のうどんの話をしていたのも覚えている。」
「じゃあ、本当に僕の知ってる坂田君なんだ。じゃあ、教えてよ。一体僕に何があっんだ。」
「お前は、向こうの世界、てか未来か。で、俺がこっちにきてからの日数も含めて二ヶ月ほど前に行方不明になったんだ。原因不明の連続行方不明事件。覚えてるだろ。」
「うん。27歳以上の人しか行方不明にならない、そしてそれ以外てがかりがないとかいう変な事件だったような。そんで、僕も行方不明になってるんだ。」
「そうだ。お前が行方不明になったあとも、この事件は続いてる。お前の事件も手がかりが無かったから、この事件なんじゃないかってことになった。俺は違うっていってたんだけどな。でも、行方不明なのは事実だから、俺たちはお前を探してたんだ。ひょっとしたら大学がある砂原にきてるんじゃないかってな。」
ちょっと嘘ついたがまあいい。
「でも、お前は見つからなかった。で、俺と後藤と星野の三人で、お前を探しに夏畑までやってきたんだ。」
「そうなんだ。ありがとう、心配してくれて。僕もここに来て二ヶ月くらいだから、ちょうど僕が行方不明になった時期と一致するよ。」
「そうか、ならお前は行方不明になってここにやってきたんだな。て、ことは俺も同じ事件にまきこまれたってことか。お前、どうやってここに来たんだ。」
「なんだかわからないけど、朝家から出ようとドア出た瞬間に、まわりの景色がゆがんで、いつの間にか僕はこの学校の教室の中に入っていたんだ。君こそ、どうやってきたの。」
俺とは違うが、まあ大体同じだ。こいつもなんだかわからないけど、こっちにやってきてしまったんだな。と、いうことは、星野もこの世界にいるかもしれない。そして、今まで行方不明になった人たちも。
「俺もお前と似たようなもんだ。お前を探しに新潟まで来た日の夜、ジュースを買いに行ったら、わけわかんない現象に巻き込まれてここにきた。こっちにきてもう1ヶ月だ。あと、星野も俺と一緒に巻き込まれた。多分この世界にいるはずだ。俺たちと同じなら、あいつも高校生になっているはずだ。」
「そうなの。なら、はやくさがそう。」
「でも、手がかりは何にもねえ。あいつと連絡とろうにも、電話番号は携帯に記録させてたからわかんねえし、住所も知らない。さがしようがねえよ。」
「そっか、じゃあどうしよう。」
「わかんねえよ。俺も、お前を見つけて何か手がかりがあるかもと思ったんだ。元の世界に戻る方法が見つかるかもって。でも、お前も何もわかんねえんだろ。このまま俺たちはどうなっちまうんだよ。」
せっかく伊勢を見つけたのに、ほとんどまともな手がかりが得られなかった。くそっ。
「やあ、困ってるようだね、君たちぃ。」
なんだ。声のしたほうを振り向いてみると、この学校の生徒らしきやつが立っていた。でも、俺はこんなやつ知らない。そいつは俺たちをまっすぐ見つめている。
そんなことを考えているうちに、夕飯を作る音が聞こえてきた。どうやら母が帰ってきたらしい。
「ひろしー。帰ってるの。」
「うん、帰ってる。―」
「今日塾じゃなかったっけー。」
そうなのか。てか、わかんねーよ。
「いや、違うー。」
まあそういうことにしとこう。
「そうだったっけ。でも塾じゃなくても、今しっかり勉強するのよー。あんた今年受験なんだからー。」
「うん、わかってるー。」
とりあえず返事しといた。
「じゃ、晩御飯できたらよぶからねー。」
受験か。俺にはそんなことより元の世界に戻る方法を探すほうが大切だ。勉強なんてやっている暇はないんだが…。でも、今何も探しようがないのも事実。あー、めんどくせえな。
食事中はほとんど俺の受験についての話題だった。父は帰っていなかったので、三人で食べた。妹に勉強の話題が振られたが、妹は半分無視していた。妹は俺よりはやく食べ終わると、ごちそうさまとだけいい、そそくさと部屋に戻っていった。そういやこのころ、妹は反抗期だったんだっけ。で、毎日こんな感じで家では過ごしていた。俺とはほとんどまともに会話してくれなかったような。
「まったくあの子は、何考えてんのかしら。」
母の機嫌が悪くなりそうだったので、俺もはやめに食事をすませて部屋に戻った。その後、シャワーを浴びて寝た。
その後しばらくは同じような日々が続いた。あいかわらず、何の手がかりもなく、ただ漠然と日々が過ぎていく。一度実力テストがあったが、俺の出来はいまいちだった。まだ結果は出ていないが。授業は一応受けてはいる。もう全部忘れていた。あいかわらず退屈だ。ほとんど理解できない。こんなに難しかったっけ。ただ、二年の教科書の範囲まではなぜかあるていど覚えていた。そう、当時の俺と同じくらい。
休み時間になり、トイレに入ろうとした俺は、出てきたやつにぶつかった。
「いてっ、何すんだよ。」
「あっ、ご、ごめん。」
ったく。ん、あれ、こいつどっかで、高校の同級生だろうけど、あれ、でも、高校のときこんなやついたっけ。そいつの顔をじっくりみてみる。細い目、分厚い唇、あれ、こいつもしかして、顔を近づけたら、そいつはにらまれたと思ったらしく、走って逃げていってしまった。でも、今のやつ、顔は若かったけど、いや、でもあいつが何でここにいるんだ。それでも、うーん、もしかして、あいつ、伊勢じゃないのか。
「ひろしー。帰ってるの。」
「うん、帰ってる。―」
「今日塾じゃなかったっけー。」
そうなのか。てか、わかんねーよ。
「いや、違うー。」
まあそういうことにしとこう。
「そうだったっけ。でも塾じゃなくても、今しっかり勉強するのよー。あんた今年受験なんだからー。」
「うん、わかってるー。」
とりあえず返事しといた。
「じゃ、晩御飯できたらよぶからねー。」
受験か。俺にはそんなことより元の世界に戻る方法を探すほうが大切だ。勉強なんてやっている暇はないんだが…。でも、今何も探しようがないのも事実。あー、めんどくせえな。
食事中はほとんど俺の受験についての話題だった。父は帰っていなかったので、三人で食べた。妹に勉強の話題が振られたが、妹は半分無視していた。妹は俺よりはやく食べ終わると、ごちそうさまとだけいい、そそくさと部屋に戻っていった。そういやこのころ、妹は反抗期だったんだっけ。で、毎日こんな感じで家では過ごしていた。俺とはほとんどまともに会話してくれなかったような。
「まったくあの子は、何考えてんのかしら。」
母の機嫌が悪くなりそうだったので、俺もはやめに食事をすませて部屋に戻った。その後、シャワーを浴びて寝た。
その後しばらくは同じような日々が続いた。あいかわらず、何の手がかりもなく、ただ漠然と日々が過ぎていく。一度実力テストがあったが、俺の出来はいまいちだった。まだ結果は出ていないが。授業は一応受けてはいる。もう全部忘れていた。あいかわらず退屈だ。ほとんど理解できない。こんなに難しかったっけ。ただ、二年の教科書の範囲まではなぜかあるていど覚えていた。そう、当時の俺と同じくらい。
休み時間になり、トイレに入ろうとした俺は、出てきたやつにぶつかった。
「いてっ、何すんだよ。」
「あっ、ご、ごめん。」
ったく。ん、あれ、こいつどっかで、高校の同級生だろうけど、あれ、でも、高校のときこんなやついたっけ。そいつの顔をじっくりみてみる。細い目、分厚い唇、あれ、こいつもしかして、顔を近づけたら、そいつはにらまれたと思ったらしく、走って逃げていってしまった。でも、今のやつ、顔は若かったけど、いや、でもあいつが何でここにいるんだ。それでも、うーん、もしかして、あいつ、伊勢じゃないのか。
英語と国語の授業と、数学の補習を聞き流して、ようやく放課後。にしても退屈だったな。途中で何度眠りかけたことか。でもってほとんど忘れてるのかぜんぜん授業がわからない。まあいい、とにかくはやく学校から出よう。確かめないといけないことがたくさんある。
学校から出ると、やっぱり俺の通っていた高校のある街とまったく同じだった。ただ、3年前につぶれたはずのスーパーがまだあった。そこのトイレの鏡で俺を見てみると、高校生のころのまだにきびづらの俺が映っていた。電気屋のテレビでは、もう終わっているはずの番組が流れていた。そして本屋の雑誌には、1999年5月号と書いてあった。これはつまり、俺は1999年にタイムスリップしたってことなんだろうか。で、体や立場まであのころの俺に戻ってしまったって事なのか。くそ、どうなってんだ。あー、もう仕方ない。とりあえず家に帰ろう。ここが本当にあのころのあの街なら、俺の家だってあるはずだ。
俺の家は当たり前のように俺の家があるはずの場所にあった。今は5時だ。この時間じゃたしか誰もいないはずだ。そうだ、俺あのころたしか鍵を持たされてたんだっけ。教室から持ってきた俺のもののはずのバッグのなかをあさると、鍵はみつかった。ついでに財布もみつかった。五千円と少し、あとテレホンカードなんかが入っている。携帯もないと思ってさがしてみたけど、なかった。そういやあのころは俺は携帯なんてもっていなかった。たしかあのころは持ってるやつのほうが少なかったような気がする。そもそも禁止だったような。あとバッグに入っていたのは、教科書とノートと筆箱ぐらいだ。まさに中身は学生かばんだ。とりあえず鍵を開けて中に入ろう。
家の中は想像通りそのままだった。家具の種類が今とは少し違うが、これはそのあと買い換えたからで、当時のままだ。俺の部屋に行ってみる。散らかったマンガ本と、テニスラケット、それに必勝とかかれた大きな紙。昔作ったプラモデルと旅行のお土産が飾ってある。本棚には、漫画や雑誌、そして教科書と参考書、問題集。あのころの俺の部屋と何も変わらない。ベッドにねころび、これからのことについて考えてみることにした。このまま時間がたてば、両親と妹が帰ってくるはずだ。
とりあえず俺はタイムスリップした。で、あのころの俺になって高校に通ってる。今は高三の受験生だ。なぜかはさっぱりわからないが、これはもう認めるしかないだろう。あのころとまったく同じ状況だ。多分。これから俺はどうしたらいいんだろう。元の世界に戻ることが出来るんだろうか。あー、もうわかんね。そういや、星野はどうなったんだろう。俺と同じで、どこかにタイムスリップさせられたんだろうか。でも、星野と連絡とろうにも、電話番号携帯に記録させてたからまったく覚えてないんだよな。それ以外はなんもわかんねえし。畜生。
学校から出ると、やっぱり俺の通っていた高校のある街とまったく同じだった。ただ、3年前につぶれたはずのスーパーがまだあった。そこのトイレの鏡で俺を見てみると、高校生のころのまだにきびづらの俺が映っていた。電気屋のテレビでは、もう終わっているはずの番組が流れていた。そして本屋の雑誌には、1999年5月号と書いてあった。これはつまり、俺は1999年にタイムスリップしたってことなんだろうか。で、体や立場まであのころの俺に戻ってしまったって事なのか。くそ、どうなってんだ。あー、もう仕方ない。とりあえず家に帰ろう。ここが本当にあのころのあの街なら、俺の家だってあるはずだ。
俺の家は当たり前のように俺の家があるはずの場所にあった。今は5時だ。この時間じゃたしか誰もいないはずだ。そうだ、俺あのころたしか鍵を持たされてたんだっけ。教室から持ってきた俺のもののはずのバッグのなかをあさると、鍵はみつかった。ついでに財布もみつかった。五千円と少し、あとテレホンカードなんかが入っている。携帯もないと思ってさがしてみたけど、なかった。そういやあのころは俺は携帯なんてもっていなかった。たしかあのころは持ってるやつのほうが少なかったような気がする。そもそも禁止だったような。あとバッグに入っていたのは、教科書とノートと筆箱ぐらいだ。まさに中身は学生かばんだ。とりあえず鍵を開けて中に入ろう。
家の中は想像通りそのままだった。家具の種類が今とは少し違うが、これはそのあと買い換えたからで、当時のままだ。俺の部屋に行ってみる。散らかったマンガ本と、テニスラケット、それに必勝とかかれた大きな紙。昔作ったプラモデルと旅行のお土産が飾ってある。本棚には、漫画や雑誌、そして教科書と参考書、問題集。あのころの俺の部屋と何も変わらない。ベッドにねころび、これからのことについて考えてみることにした。このまま時間がたてば、両親と妹が帰ってくるはずだ。
とりあえず俺はタイムスリップした。で、あのころの俺になって高校に通ってる。今は高三の受験生だ。なぜかはさっぱりわからないが、これはもう認めるしかないだろう。あのころとまったく同じ状況だ。多分。これから俺はどうしたらいいんだろう。元の世界に戻ることが出来るんだろうか。あー、もうわかんね。そういや、星野はどうなったんだろう。俺と同じで、どこかにタイムスリップさせられたんだろうか。でも、星野と連絡とろうにも、電話番号携帯に記録させてたからまったく覚えてないんだよな。それ以外はなんもわかんねえし。畜生。
「カツッ、カツッ。」
うーん、ん、何だ、この音。
「おい、起きろ、起きろって。おい。」
誰だ、何か声がするぞ。
「坂口君、この問題やってみなさい。」
へ。
「こら、坂口君、起きなさい。」
大きな声で目が覚めた。ん、あれ、ここはどこだ。俺は確かジュースを買いに行って、それで。
「やっと起きましたか、じゃあ、この問題の答えは何ですか。」
「え、あれ、あら、えーっと。」
「もういいです。3年生にもなってそんなことでどうするんですか。はい、次。じゃあ竹下君。」
なんだ一体。問題を解けってか。何の。ん、あれ、黒板。ここは、教室。え、まさかここは学校。
お、落ち着け俺。よく周りを見て見ろ。あれ、あれも、これも、なんだか見覚えのあるものばかりだ。で、あの教師。あいつも見覚えあるような。あの黒ぶちメガネ、いや、名前は忘れたけど、あの顔は間違いなく覚えている。確か高校のころの数学の教師だ。よくみると、まわりのこいつらも、高三のころに同じクラスだったやつばかりじゃないか。思い出せないやつもいるが、たぶん間違いない。俺は今、高校で数学の授業を受けている。でも、一体なぜ。夢か、それともさっきのあの現象の続きなのか。それとも、俺死んじまって、ここは死後の世界とかいうところなのか。わからない、ほんとに何が起こっているんだ。
そんなことを考えているうちに、授業は終了した。やはり俺は今、高校にいることは間違いないみたいだ。制服も着ているし。今はちょうど昼休みらしい。どうしたらいいのかとまどっていると、誰かが声をかけてきた。
「おい、坂田。授業中に寝てんじゃねえよ。」
こいつは、えーっと。
「ああ、悪い。ちょっと昨日寝不足だったんだ。」
まあ、本当だしな。
「あー、まあいいけどな。でも、お前そんなにしょっちゅう居眠りしてたら成績に響くぞ。ただでさえお前、俺たち受験生なんだからさ。」
受験。そういや、さっきの数学の教師もそんなこといってたな。
「瀬田のやつはその辺厳しいらしいからな。しっかりしとけよ。まあ、お前の成績なんて俺が知ったことじゃないけどな。」
ああ、そういやあいつの名前は瀬田だっけ。
「ああ、わかった。気をつける。」
「お前どこ目指してんだっけ。どこにしたって、内申書に響くまねだけはしないほうがいいぞ。あっと、ちょっとトイレいってくるわ。」
そういって、こいつは教室から出て行った。どうやら俺は受験生のくせに、しょっちゅういねむりを繰り返すダメ高校生らしい。そういや、高校のころしょっちゅういねむりしていたような。とりあえず、ここにいてもどうしようもない。とりあえず、外に出てみよう。そしたら何かわかるかもしれない。えっと、ここがもし俺の通ってた高校だとしたら、玄関は確かこっちだったはず。
玄関をでてそとに出ようとしたところで、誰かに呼び止められた。
「まて。どこにいくんだ。」
「え、いやあ、昼飯のパンでも買いに行こうかと思いまして。」
こいつはたしか生活指導の教師だ。名前は知らないが。
「放課後までは学校から出るのは禁止だ。校則に書いてあるだろ。」
そうだったっけ。そういや、俺は休み時間に学校を抜け出したことがなかったな。だから知らなくて当然だ。
「あ、すいません。でも、今日は弁当忘れちゃって。」
「購買で買えばいいだろ。とにかく、放課後までは学校から出るなよ。いつでもここでは誰かが見張ってるからな。」
「はい、わかりました。そうします。」
そういって、俺はその場を離れた。とにかく、今はどうしようもない。放課後になるまで待つしかないか。あ、チャイムが鳴った。教室にもどってないと怪しまれるかもしれないから、とりあえずもどろう。
うーん、ん、何だ、この音。
「おい、起きろ、起きろって。おい。」
誰だ、何か声がするぞ。
「坂口君、この問題やってみなさい。」
へ。
「こら、坂口君、起きなさい。」
大きな声で目が覚めた。ん、あれ、ここはどこだ。俺は確かジュースを買いに行って、それで。
「やっと起きましたか、じゃあ、この問題の答えは何ですか。」
「え、あれ、あら、えーっと。」
「もういいです。3年生にもなってそんなことでどうするんですか。はい、次。じゃあ竹下君。」
なんだ一体。問題を解けってか。何の。ん、あれ、黒板。ここは、教室。え、まさかここは学校。
お、落ち着け俺。よく周りを見て見ろ。あれ、あれも、これも、なんだか見覚えのあるものばかりだ。で、あの教師。あいつも見覚えあるような。あの黒ぶちメガネ、いや、名前は忘れたけど、あの顔は間違いなく覚えている。確か高校のころの数学の教師だ。よくみると、まわりのこいつらも、高三のころに同じクラスだったやつばかりじゃないか。思い出せないやつもいるが、たぶん間違いない。俺は今、高校で数学の授業を受けている。でも、一体なぜ。夢か、それともさっきのあの現象の続きなのか。それとも、俺死んじまって、ここは死後の世界とかいうところなのか。わからない、ほんとに何が起こっているんだ。
そんなことを考えているうちに、授業は終了した。やはり俺は今、高校にいることは間違いないみたいだ。制服も着ているし。今はちょうど昼休みらしい。どうしたらいいのかとまどっていると、誰かが声をかけてきた。
「おい、坂田。授業中に寝てんじゃねえよ。」
こいつは、えーっと。
「ああ、悪い。ちょっと昨日寝不足だったんだ。」
まあ、本当だしな。
「あー、まあいいけどな。でも、お前そんなにしょっちゅう居眠りしてたら成績に響くぞ。ただでさえお前、俺たち受験生なんだからさ。」
受験。そういや、さっきの数学の教師もそんなこといってたな。
「瀬田のやつはその辺厳しいらしいからな。しっかりしとけよ。まあ、お前の成績なんて俺が知ったことじゃないけどな。」
ああ、そういやあいつの名前は瀬田だっけ。
「ああ、わかった。気をつける。」
「お前どこ目指してんだっけ。どこにしたって、内申書に響くまねだけはしないほうがいいぞ。あっと、ちょっとトイレいってくるわ。」
そういって、こいつは教室から出て行った。どうやら俺は受験生のくせに、しょっちゅういねむりを繰り返すダメ高校生らしい。そういや、高校のころしょっちゅういねむりしていたような。とりあえず、ここにいてもどうしようもない。とりあえず、外に出てみよう。そしたら何かわかるかもしれない。えっと、ここがもし俺の通ってた高校だとしたら、玄関は確かこっちだったはず。
玄関をでてそとに出ようとしたところで、誰かに呼び止められた。
「まて。どこにいくんだ。」
「え、いやあ、昼飯のパンでも買いに行こうかと思いまして。」
こいつはたしか生活指導の教師だ。名前は知らないが。
「放課後までは学校から出るのは禁止だ。校則に書いてあるだろ。」
そうだったっけ。そういや、俺は休み時間に学校を抜け出したことがなかったな。だから知らなくて当然だ。
「あ、すいません。でも、今日は弁当忘れちゃって。」
「購買で買えばいいだろ。とにかく、放課後までは学校から出るなよ。いつでもここでは誰かが見張ってるからな。」
「はい、わかりました。そうします。」
そういって、俺はその場を離れた。とにかく、今はどうしようもない。放課後になるまで待つしかないか。あ、チャイムが鳴った。教室にもどってないと怪しまれるかもしれないから、とりあえずもどろう。
「ねえ、ねえってば。」
おっと、ぼーっとしてたみたいだ。
「ん、何だ。」
「何か変だよ、あの自販機。」
「まあ、確かにあんな田んぼの真ん中に自販機があるなんてちょっと変だけどな。まあ、農家の人が農作業の合間に何か飲みたくなったら使うんだろ、多分。」
「そうじゃなくってさ。さっきから僕たち、歩いてるけど、あの自販機にぜんぜん近づいていないんだよ。」
「何言ってんだ。そんなもん気のせいに決まってんだろ。」
「気のせいだと思うなら後ろを見てみなよ。」
「後ろー。」
後ろにはさっきまで俺たちがいたホテルがある。ホテルが…、あれ、ホテルが遠い。100メーターくらい離れている。前を見てみる。自販機は相変わらず遠くにある。
「あれ、いや、でも気のせいだろ。目の錯覚で自販機が意外と遠いってことに気づかなかっただけだって。」
「でもさ、でもさ、あーもう、もう戻ろうよ。やっぱちょっとおかしいって。」
「あー、もうわかった、わかった。戻ればいいんだろ。ジュースはあきらめるよ。」
「よかった。じゃあ戻ろう。」
何をおおげさな。そういやこいつ、オカルトが苦手だったっけ。しゃあない、もどるか。もど、あれ。いつまでたってもホテルに近づかない。いや、それどころかホテルが遠ざかっている気さえする。
「あれ、おかしいな。なんだ、どうなってるんだ。」
「あ、あああ。やっぱおかしいよ、これ。こんなこと、あるわけない。」
後ろを見る。自販機の位置は変わらない。
「お、落ち着けよ、星野。こんなことあるわけない。ホテルのほうに進めば、いつかはホテルに着くさ。たいした距離じゃないじゃないか。走ろうぜ。」
「う、うん。それっ。」
俺たちは走った。それでもやっぱりホテルは近づかない。落ち着け、これは夢だ、夢。いすでうとうとしているうちにいつの間にか寝ちまったんだ。いてっ。ちくしょうやっぱりゆめじゃない。一体どうすれば。そうだ。
「星野、止まれー。」
「はあ、はあ、どうしたの。坂田君。」
「やはりこの現象はおかしい。前に行っても後ろに行っても、俺たちは行きたいところに辿りつけない。」
「そうだね。なんだかわかんないけど。」
「そこがポイントなんだ。前に行っても後ろにいっても辿りつかない。なら、左右ならどうだ。田んぼの中に入ることになるけど、ひょっとしたら脱出できるかもしれない。」
「う、でも、そんなのただの推測じゃない。余計変なことになったらどうすんの。」
「でも、このまま前に進み続けても多分何も変わらないぞ。だったら、新しい方法を試してみる必要はあるんじゃないか。」
「わ、わかったよ。じゃ、右か左、どっちにいく。」
「一応左側には明かりが見える。あの明かりを目指していけば、ひょっとしたら抜け出せるんじゃないか。」
「わかった。左だね。田んぼに入るのは気が進まないけど、仕方ないか。」
「じゃ、行くぞ、それっ。」
俺たちは田んぼに脚を踏み入れた。あれ、でも、あれ、何だ。
「あ、足が引っ張られる。」
「あああー、失敗だー。」
俺たちの脚は、何かの力で田んぼの中に引っ張られている。抵抗しようとしても、なぜか力が入らない。俺たちの体はどんどん田んぼに沈んでいく。
「うわあー、ほ、星野、大丈夫かー。」
「だ、大丈夫じゃ、ない。」
「すまん星野、俺がジュースを買いにいかなかったらこんなことには。」
「も、もういいよ。それについてきたのは僕だし。」
「それでもすま…。」
俺の体は田んぼに飲み込まれた。
おっと、ぼーっとしてたみたいだ。
「ん、何だ。」
「何か変だよ、あの自販機。」
「まあ、確かにあんな田んぼの真ん中に自販機があるなんてちょっと変だけどな。まあ、農家の人が農作業の合間に何か飲みたくなったら使うんだろ、多分。」
「そうじゃなくってさ。さっきから僕たち、歩いてるけど、あの自販機にぜんぜん近づいていないんだよ。」
「何言ってんだ。そんなもん気のせいに決まってんだろ。」
「気のせいだと思うなら後ろを見てみなよ。」
「後ろー。」
後ろにはさっきまで俺たちがいたホテルがある。ホテルが…、あれ、ホテルが遠い。100メーターくらい離れている。前を見てみる。自販機は相変わらず遠くにある。
「あれ、いや、でも気のせいだろ。目の錯覚で自販機が意外と遠いってことに気づかなかっただけだって。」
「でもさ、でもさ、あーもう、もう戻ろうよ。やっぱちょっとおかしいって。」
「あー、もうわかった、わかった。戻ればいいんだろ。ジュースはあきらめるよ。」
「よかった。じゃあ戻ろう。」
何をおおげさな。そういやこいつ、オカルトが苦手だったっけ。しゃあない、もどるか。もど、あれ。いつまでたってもホテルに近づかない。いや、それどころかホテルが遠ざかっている気さえする。
「あれ、おかしいな。なんだ、どうなってるんだ。」
「あ、あああ。やっぱおかしいよ、これ。こんなこと、あるわけない。」
後ろを見る。自販機の位置は変わらない。
「お、落ち着けよ、星野。こんなことあるわけない。ホテルのほうに進めば、いつかはホテルに着くさ。たいした距離じゃないじゃないか。走ろうぜ。」
「う、うん。それっ。」
俺たちは走った。それでもやっぱりホテルは近づかない。落ち着け、これは夢だ、夢。いすでうとうとしているうちにいつの間にか寝ちまったんだ。いてっ。ちくしょうやっぱりゆめじゃない。一体どうすれば。そうだ。
「星野、止まれー。」
「はあ、はあ、どうしたの。坂田君。」
「やはりこの現象はおかしい。前に行っても後ろに行っても、俺たちは行きたいところに辿りつけない。」
「そうだね。なんだかわかんないけど。」
「そこがポイントなんだ。前に行っても後ろにいっても辿りつかない。なら、左右ならどうだ。田んぼの中に入ることになるけど、ひょっとしたら脱出できるかもしれない。」
「う、でも、そんなのただの推測じゃない。余計変なことになったらどうすんの。」
「でも、このまま前に進み続けても多分何も変わらないぞ。だったら、新しい方法を試してみる必要はあるんじゃないか。」
「わ、わかったよ。じゃ、右か左、どっちにいく。」
「一応左側には明かりが見える。あの明かりを目指していけば、ひょっとしたら抜け出せるんじゃないか。」
「わかった。左だね。田んぼに入るのは気が進まないけど、仕方ないか。」
「じゃ、行くぞ、それっ。」
俺たちは田んぼに脚を踏み入れた。あれ、でも、あれ、何だ。
「あ、足が引っ張られる。」
「あああー、失敗だー。」
俺たちの脚は、何かの力で田んぼの中に引っ張られている。抵抗しようとしても、なぜか力が入らない。俺たちの体はどんどん田んぼに沈んでいく。
「うわあー、ほ、星野、大丈夫かー。」
「だ、大丈夫じゃ、ない。」
「すまん星野、俺がジュースを買いにいかなかったらこんなことには。」
「も、もういいよ。それについてきたのは僕だし。」
「それでもすま…。」
俺の体は田んぼに飲み込まれた。
今日はこの辺でやめることにした。ほとんどろくな情報を得られていない気がするが仕方がない。なにしろ、伊勢のことをよく知っているやつがいないのだ。と、いうか伊勢はこの辺に友達と呼べるやつがいないみたいなのだ。そういや、俺が伊勢と知り合ったのも、後藤が声をかけて強引にサークルに連れてきたからだったな。俺たちと知り合ってからもあまりしゃべらないやつだったし、もし後藤が伊勢に声をかけなかったら、俺たちが伊勢に知り合うことはなかっただろう。だから、伊勢に友達ができていなくても不思議なことじゃない。大学のころも俺たちのサークルのメンバー以外に知り合いはいなかったみたいだし。今は、後藤の予約したビジネスホテルにいる。3人一部屋。27の男が三人で同じ部屋かよ。なんだかなー。俺はいすに座ってぼーっとしてる。星野は今日得た情報をノートパソコンに入力している。明日の計画を立てるつもりらしい。せめて星野がよく行くところとかわかればまだ計画がたてれたんだがな。仕方がない。とりあえず近所のスーパーにでも行ってみるか。ちなみに後藤はもう寝ている。運転したり起こったりでかなり疲れたんだろう。俺ももう寝ようかな。いや、ちょっとのどかわいたから外の自販機でジュースでも買ってこよう。
「あーあっと。うーん、ちょっと飲み物買いに行ってくるわ。」
「うん、わかった。外暗いから気をつけてね。この辺街灯が少ないみたいだから。」
「細かいとこチェックしてるな。大丈夫だよ。ガキじゃあるまいし。」
「うん。わかってるよ。でも嫌だよ。伊勢君に続いて坂田君までいなくなっちゃったら。人を探しにきて自分がいなくなっちゃったら冗談にもならないよ。」
「ないない。考えすぎだって。お前もほどほどにして早く寝たほうがいいぞ。」
「うーん、そうだけどさ。そうだ、僕もついてくよ。そしたら少しは安心だ。」
「いいって、いいって。」
「ダメ。何があるかわからないんだから。じゃ、僕もジュース買うよ。それならいいでしょ。」
「あー、はいはい。わかった、じゃ、行こうぜ。」
そんなわけで、俺たち2人はジュースを買いに出かけた。自販機はホテルのすぐ隣にあるはずだ。はずなんだが。
「あれ、ここに自販機なかったっけ。」
「変だな。たしかここにあったはずだよ。」
「うーん、どうだったか。まあはじめてきたところだしな。ちょっとくらい間違えることもある。」
「まあそうだね。仕方ないよ。」
「仕方ない、他の自販機を探すか。その辺にあるだろ。あーっと。」
あたりを見回す。50メーターくらい先に自販機を見つけた。まわりは田んぼばかりの中、ぽつんと立っている。
「あ、あった。ちょっと遠いけど行くか。」
「うん。」
ふう、見つかってよかった。さて何買うかな。コーヒーはやめとくか。コーラでいいかな。あー、でも今炭酸はきついかな。じゃ、オレンジジュースでいいか。あーあ、俺も何か飲んだらねるかなあ。明日も早いだろうし。ふぁーあ、まったく、慣れんことばかりすると疲れるよ、まったく。
「あーあっと。うーん、ちょっと飲み物買いに行ってくるわ。」
「うん、わかった。外暗いから気をつけてね。この辺街灯が少ないみたいだから。」
「細かいとこチェックしてるな。大丈夫だよ。ガキじゃあるまいし。」
「うん。わかってるよ。でも嫌だよ。伊勢君に続いて坂田君までいなくなっちゃったら。人を探しにきて自分がいなくなっちゃったら冗談にもならないよ。」
「ないない。考えすぎだって。お前もほどほどにして早く寝たほうがいいぞ。」
「うーん、そうだけどさ。そうだ、僕もついてくよ。そしたら少しは安心だ。」
「いいって、いいって。」
「ダメ。何があるかわからないんだから。じゃ、僕もジュース買うよ。それならいいでしょ。」
「あー、はいはい。わかった、じゃ、行こうぜ。」
そんなわけで、俺たち2人はジュースを買いに出かけた。自販機はホテルのすぐ隣にあるはずだ。はずなんだが。
「あれ、ここに自販機なかったっけ。」
「変だな。たしかここにあったはずだよ。」
「うーん、どうだったか。まあはじめてきたところだしな。ちょっとくらい間違えることもある。」
「まあそうだね。仕方ないよ。」
「仕方ない、他の自販機を探すか。その辺にあるだろ。あーっと。」
あたりを見回す。50メーターくらい先に自販機を見つけた。まわりは田んぼばかりの中、ぽつんと立っている。
「あ、あった。ちょっと遠いけど行くか。」
「うん。」
ふう、見つかってよかった。さて何買うかな。コーヒーはやめとくか。コーラでいいかな。あー、でも今炭酸はきついかな。じゃ、オレンジジュースでいいか。あーあ、俺も何か飲んだらねるかなあ。明日も早いだろうし。ふぁーあ、まったく、慣れんことばかりすると疲れるよ、まったく。
このあと、他の住人にも話を聞いたけど、あまりいい情報は得られなかった。次に、大家に話を聞いた。大家はアパートから2キロほど離れたところに住んでいた。
「すいません。あなたのアパートの住人の伊勢さんのことで、ちょっとお話をうかがいたいんですが。」
「あ、なんだい、また行方不明事件のことかい。かんべんしてくれよ。この事件のおかげでうちのアパートのイメージは下がってんだ。これ以上下げられたくない。帰ってくれ。」
後藤が何かいいそうになったが、止めて俺が聞いた。
「いや、あの、俺たち、伊勢君の友人なんです。伊勢君が行方不明になったってきいて、夏畑に5時間かけてやってきたんです。話くらいは聞いてください。」
「わざわざ5時間も、ご苦労なことで。」
「お願いします。何でもいいですからあいつのことを教えてください。それに、あいつが見つかったらあなたにとっても得じゃないですか。簡単に新しい人を入れるわけにもいかないでしょう。行方不明になった人間を勝手に追い出したなんてなったら、さらにイメージダウンですよ。それに、あいつが帰ってこないと家賃ももらえないでしょう。」
「いうねえ、あんた。でも、まあ、そういわれてみればそうだな。見つからないと俺は損ばっかりだ。いいよ、話をしてやるよ。」
「ありがとうございます。」
星野がほっとした顔をしている。後藤はまだ不機嫌そうな顔をしているが、ひじでこづいたら少し収まった。
「それじゃ、質問させてください。行方不明になる前、伊勢君に何か変わったことはなかったですか。」
「変わったことといわれてもね。別にいつもどおりだよ。あの人は家賃もすぐに払うし、まわりからの苦情も聞いたことないし、自分から苦情を言うことも無い。ごみの分別も完璧だし、なんの問題もない住人だった。まさかいきなりいなくなられるとは思ってなかったけどな。」
「そうなんですか。」
そういや、大学のころ、後藤が、伊勢の部屋がきれいで驚いたって言ってたな。俺は行ったことないから知らないけど。
「じゃ、伊勢君の部屋の中とかはどうですか。とつぜんいなくなったんですから、部屋の中も確かめたでしょう。」
「ああ、警察と一緒に調べたよ。見事なまでにきれいに片付いてたね。無駄なものが一切ない。」
そういや、風間が行方不明になった人の冷蔵庫の中にまだ食べ物があったって言ってたな。
「冷蔵庫の中とかはどうでしたか。」
「ああ、食べ物はいろいろ入ってたな。野菜や肉、魚はきちんとわけて入れられてた。」
うちの冷蔵庫みたいだ。直子は、俺が適当にものをいれるとすぐ怒る。魚や肉はチルド室、野菜は野菜室。あと、きちんと全体に冷風が行き届くよう入れ方に気をつけているそうだ。冷蔵庫の仕組みなんて俺はよく知らない。
「そうですか。他の住人の方々の評判とかはどうでしたか。」
「いやあ、特に何もないな。あの人の話をきいたことがないから。まあ、まじめな人ってところじゃないか。」
「そうですか。じゃ、お時間とらせてすいません。ありがとうございました。」
「ああ。もしあの人を見つけたら、早く先月分の家賃を払ってくれって言っといてくれ。」
ふう、疲れた。まったくこのゼニゲバめ。
「すいません。あなたのアパートの住人の伊勢さんのことで、ちょっとお話をうかがいたいんですが。」
「あ、なんだい、また行方不明事件のことかい。かんべんしてくれよ。この事件のおかげでうちのアパートのイメージは下がってんだ。これ以上下げられたくない。帰ってくれ。」
後藤が何かいいそうになったが、止めて俺が聞いた。
「いや、あの、俺たち、伊勢君の友人なんです。伊勢君が行方不明になったってきいて、夏畑に5時間かけてやってきたんです。話くらいは聞いてください。」
「わざわざ5時間も、ご苦労なことで。」
「お願いします。何でもいいですからあいつのことを教えてください。それに、あいつが見つかったらあなたにとっても得じゃないですか。簡単に新しい人を入れるわけにもいかないでしょう。行方不明になった人間を勝手に追い出したなんてなったら、さらにイメージダウンですよ。それに、あいつが帰ってこないと家賃ももらえないでしょう。」
「いうねえ、あんた。でも、まあ、そういわれてみればそうだな。見つからないと俺は損ばっかりだ。いいよ、話をしてやるよ。」
「ありがとうございます。」
星野がほっとした顔をしている。後藤はまだ不機嫌そうな顔をしているが、ひじでこづいたら少し収まった。
「それじゃ、質問させてください。行方不明になる前、伊勢君に何か変わったことはなかったですか。」
「変わったことといわれてもね。別にいつもどおりだよ。あの人は家賃もすぐに払うし、まわりからの苦情も聞いたことないし、自分から苦情を言うことも無い。ごみの分別も完璧だし、なんの問題もない住人だった。まさかいきなりいなくなられるとは思ってなかったけどな。」
「そうなんですか。」
そういや、大学のころ、後藤が、伊勢の部屋がきれいで驚いたって言ってたな。俺は行ったことないから知らないけど。
「じゃ、伊勢君の部屋の中とかはどうですか。とつぜんいなくなったんですから、部屋の中も確かめたでしょう。」
「ああ、警察と一緒に調べたよ。見事なまでにきれいに片付いてたね。無駄なものが一切ない。」
そういや、風間が行方不明になった人の冷蔵庫の中にまだ食べ物があったって言ってたな。
「冷蔵庫の中とかはどうでしたか。」
「ああ、食べ物はいろいろ入ってたな。野菜や肉、魚はきちんとわけて入れられてた。」
うちの冷蔵庫みたいだ。直子は、俺が適当にものをいれるとすぐ怒る。魚や肉はチルド室、野菜は野菜室。あと、きちんと全体に冷風が行き届くよう入れ方に気をつけているそうだ。冷蔵庫の仕組みなんて俺はよく知らない。
「そうですか。他の住人の方々の評判とかはどうでしたか。」
「いやあ、特に何もないな。あの人の話をきいたことがないから。まあ、まじめな人ってところじゃないか。」
「そうですか。じゃ、お時間とらせてすいません。ありがとうございました。」
「ああ。もしあの人を見つけたら、早く先月分の家賃を払ってくれって言っといてくれ。」
ふう、疲れた。まったくこのゼニゲバめ。
伊勢のアパートは、市街地から少し離れたところにあった。まわりはほとんど田んぼだ。地方都市ってのは市街地をはずれたらどこもこんなもんだ。たぶん、田んぼをつぶして立てたんだろう。親が死んで農業をやる人がいなくなったやつが不動産屋に土地を売ったんだろうな。こうやって日本の農業は衰退していくんだろう。それはそれとして、アパート自体はなかなかいい建物だ。伊勢はまじめに仕事をしていたみたいだから、給料はわりといいほうだったんだろう。ちょっとうらやましい。
「ついたけど、一体何するんだよ。」
「とりあえず、近所の人の話をきいてみようと思ってる。」
「近所っていっても、この辺田んぼばっかりだから近所も何もないぜ。向こうに民家があるけど、百メートル以上は離れてるし。」
「とりあえず、ここのアパートの人に話を聞いてみようよ。」
というわけで、俺たちは伊勢のアパートの人に話を聞いてみることにした。伊勢の部屋は2階の右から2番目の部屋だった。とりあえず、隣の人からだ。後藤がチャイムを押した。しばらくすると、30代くらいの女性が出てきた。後藤が質問をする。
「すいません。あの、少しお話を聞かせてもらえませんか。」
「え、あの、何の御用ですか。」
「俺たち、あなたの隣の部屋に住んでる、伊勢君の友人なんです。1ヶ月ほど前、伊勢君が行方不明になって、心配でさがしにきたんです。」
「ああ、そのことですか。わたし、お隣のことよく知らないので。伊勢さん、でしたっけ。」
「そうなんですか。でも、なんでもいいです。何か手がかりになりそうなことはありませんか。」
「そういわれてもねえ。」
「なら、伊勢君が、行方不明になる前、何か変わったことはありませんか。お隣のドアの音で、いつ帰ってきたかとかはわかるでしょう。」
星野が聞いた。
「うーん、あ、そういえば、その、伊勢さんは、だいたいいつも11時過ぎに帰ってきていたわね。わたし、それをタイマー替わりにしていたわ。お隣が帰ってくると、いつももうねなきゃって思ってた。」
「そうですか。それは、昔からずっとですか。」
「そうね。私はここに2年前引っ越してきたんだけど、そのころからずっとだと思うわよ。」
多分その前からそのサイクルは続いていたんだろう。2年前といえばちょうど同窓会があったころだな。あのときもあいつはこの生活サイクルを繰り返していたのか。ちょっと疲れていたように見えたのはそのせいかもな。
「他にはなにかありませんか。」
「そうねえ、まじめそうな方だったけど。あ、あまり人が尋ねてくるってことはなかったみたいね。このアパートの壁は厚いけど、それでも伊勢さんじゃ内包のお隣さんからは、たまに友達との話し声が聞こえたわ。でも、伊勢さんのほうはほとんど何も無かったわね。それこそ、ドアの音くらいよ。あ、そういえば、朝部屋を出る時間もいつも一緒だったわ。朝7時15分ぴったしに部屋を出て行くのよ。わたしはいつもその音を聞いて、急がなきゃと思ってたわ。」
「なるほど。ありがとうございました。参考にさせていただきます。」
こんなもんだろう。俺は何も聞いていないが、この人からはこれだけ聞けたら十分だ。
「いえいえ、こんなことくらいしか教えられなくてすみません。じゃ、がんばってください。わたしも、お隣さんが行方不明なんて嫌ですから。」
「わかりました。がんばってさがします。」
とはいっても2日で何が出来るか。まあ、この2人はまたこっちに来てでもやる気かもしれないけど。
「ついたけど、一体何するんだよ。」
「とりあえず、近所の人の話をきいてみようと思ってる。」
「近所っていっても、この辺田んぼばっかりだから近所も何もないぜ。向こうに民家があるけど、百メートル以上は離れてるし。」
「とりあえず、ここのアパートの人に話を聞いてみようよ。」
というわけで、俺たちは伊勢のアパートの人に話を聞いてみることにした。伊勢の部屋は2階の右から2番目の部屋だった。とりあえず、隣の人からだ。後藤がチャイムを押した。しばらくすると、30代くらいの女性が出てきた。後藤が質問をする。
「すいません。あの、少しお話を聞かせてもらえませんか。」
「え、あの、何の御用ですか。」
「俺たち、あなたの隣の部屋に住んでる、伊勢君の友人なんです。1ヶ月ほど前、伊勢君が行方不明になって、心配でさがしにきたんです。」
「ああ、そのことですか。わたし、お隣のことよく知らないので。伊勢さん、でしたっけ。」
「そうなんですか。でも、なんでもいいです。何か手がかりになりそうなことはありませんか。」
「そういわれてもねえ。」
「なら、伊勢君が、行方不明になる前、何か変わったことはありませんか。お隣のドアの音で、いつ帰ってきたかとかはわかるでしょう。」
星野が聞いた。
「うーん、あ、そういえば、その、伊勢さんは、だいたいいつも11時過ぎに帰ってきていたわね。わたし、それをタイマー替わりにしていたわ。お隣が帰ってくると、いつももうねなきゃって思ってた。」
「そうですか。それは、昔からずっとですか。」
「そうね。私はここに2年前引っ越してきたんだけど、そのころからずっとだと思うわよ。」
多分その前からそのサイクルは続いていたんだろう。2年前といえばちょうど同窓会があったころだな。あのときもあいつはこの生活サイクルを繰り返していたのか。ちょっと疲れていたように見えたのはそのせいかもな。
「他にはなにかありませんか。」
「そうねえ、まじめそうな方だったけど。あ、あまり人が尋ねてくるってことはなかったみたいね。このアパートの壁は厚いけど、それでも伊勢さんじゃ内包のお隣さんからは、たまに友達との話し声が聞こえたわ。でも、伊勢さんのほうはほとんど何も無かったわね。それこそ、ドアの音くらいよ。あ、そういえば、朝部屋を出る時間もいつも一緒だったわ。朝7時15分ぴったしに部屋を出て行くのよ。わたしはいつもその音を聞いて、急がなきゃと思ってたわ。」
「なるほど。ありがとうございました。参考にさせていただきます。」
こんなもんだろう。俺は何も聞いていないが、この人からはこれだけ聞けたら十分だ。
「いえいえ、こんなことくらいしか教えられなくてすみません。じゃ、がんばってください。わたしも、お隣さんが行方不明なんて嫌ですから。」
「わかりました。がんばってさがします。」
とはいっても2日で何が出来るか。まあ、この2人はまたこっちに来てでもやる気かもしれないけど。
怒る後藤をなだめながら、俺たちは車に戻った。車の後藤酒店の文字が目に入り、こいつよくこんなんで酒屋の経営がつとまるよな。あ、でも経営者ってのはこれくらいじゃないとできないのかもな、なんて思った。
「まったく、あそこで怒り出してどうすんだよ。」
「だってよお、あいつのせいで伊勢がいなくなったかもと思うとよお。」
「あー、もう。あんなの会社では常識なんだよ。できるやつにはたくさん仕事がいく。それがいい意味でも悪い意味でもそいつの運命なんだよ。」
「坂田君、もういいでしょ。後藤君も反省してるんだしさ。ほら、それよりも次に進もうよ。予定では、今から伊勢君のアパートに行くことになってるんだから。時間も無いんだしさ。」
「そうだな。後藤、もうバカなことすんなよ。んじゃ、行こうぜ。ほれ、後藤。」
「わかったよ、落ち着く。じゃ、地図見せてくれ。」
「はい。ここからそう遠くないみたいだよ。」
「ふーん、とりあえず行くか。まずはこの道をまっすぐだな。」
「違うよ。まずは右だよ。」
ぜんぜん落ち着いてねえじゃねえか。
「まったく、あそこで怒り出してどうすんだよ。」
「だってよお、あいつのせいで伊勢がいなくなったかもと思うとよお。」
「あー、もう。あんなの会社では常識なんだよ。できるやつにはたくさん仕事がいく。それがいい意味でも悪い意味でもそいつの運命なんだよ。」
「坂田君、もういいでしょ。後藤君も反省してるんだしさ。ほら、それよりも次に進もうよ。予定では、今から伊勢君のアパートに行くことになってるんだから。時間も無いんだしさ。」
「そうだな。後藤、もうバカなことすんなよ。んじゃ、行こうぜ。ほれ、後藤。」
「わかったよ、落ち着く。じゃ、地図見せてくれ。」
「はい。ここからそう遠くないみたいだよ。」
「ふーん、とりあえず行くか。まずはこの道をまっすぐだな。」
「違うよ。まずは右だよ。」
ぜんぜん落ち着いてねえじゃねえか。
伊勢の会社は、夏畑の市街地にあった。地方都市の一角ってところだ。周りを見てみると、築何年かもわからないような古いたてものの中に、ぽつぽつと新しいのビルが立っていて、それがみょうに違和感がある。人通りはまあまああるが、これは土曜日だからかもしれない。普段はもっと少ないだろう。伊勢の会社は、そんな街の無個性な建物の中にあった。
「すいません。さきほど伊勢さんの剣で電話した五島というものですけど。」
「あ、はい。うけたまっております。じゃ、お二階の応接室のほうへどうぞ。」
「あ、はい、わかりました。」
内装はこぎれいでいい感じだ。応接室でしばらくまっていると、大柄な男が入ってきた。
「やあ、どうも。わたくし、佐野ともうします。伊勢君の課の課長をしております。」
「ああ、どうも、わたしは後藤といいます。で、隣にいるのが坂田、その隣が星野です。」
「よろしくお願いします。」
二人そろってあいさつした。
「そちらの方々は、伊勢君のご学友ということで。」
「はい。大学の同級生で同じサークル仲間です。」
「で、伊勢君をわざわざこんな遠くまで探しにこれれたそうで。ご苦労様です。」
「いえ、友達として当然のことです。」
後藤がいいきった。すげえ、こんなくさい台詞俺にはとてもいえねえ。
「素晴らしいですね。いや、こちらとしても、伊勢君が行方不明になったのは、かなりの痛手なんですよ。伊勢君がやっていた仕事はとまるし、マスコミがしょっちゅうやってきては取材させろといってくる。こちらは忙しいのに、そんなのに対応しきれないんですよ。警察はほとんどお手上げ状態ですし。ですから、あなたたちのような協力者は嬉しいのです。あと、伊勢君の住所でしたよね。こちらに地図がありますのでどうぞ。」
「どうも、ありがとうございます。では、質問よろしいですか。伊勢が、行方不明になる前に、何か変わったことはありませんでしたか。」
「いや、特に無いですね。彼はまじめな社員でしたから、普段どおり仕事をこなしていたという印象です。」
「そうですか、普段どおりに。」
「ええ、彼はよく働いてくれまして、残業が続いても、ハードな仕事が続いても、愚痴一つこぼさずにやってくれました。」
あいかわらず真面目だったんだな。大学のころも、こいつは真面目に講義にでてたもんな。俺はまあそれなりだったけど。
「そうですか。では、疲れている様子はありませんでしたか。」
星野が聞いた。
「うーん、なにぶん彼はあまり感情を表に出さない人だったので、なんともいえませんね。」
おいおい、部下の様子をしっかりみるのが上司の仕事だろ。
「では、何も文句を言わずに仕事をこなす伊勢に、あなたがたは仕事を押し付けていたということはありませんか。」
後藤、それはちょっと言いすぎだ。
「いえ、そんなことは無いと思います。」
「でも、あいつが毎日ハードな仕事をしていたことは事実なんでしょ。気づかないうちに押し付けていたってことがあるかもしれないじゃないですか。」
「おい、後藤。」
「後藤君。」
「あんたらがあいつを道具のように扱ったから、あいつがもう嫌になってどっかいっちまってもおかしくねえだろーが。」
「すいません、ちょっともう帰ります。ありがとうございました。」
「おいこら、離せ、おい。」
後藤を二人がかりで押さえつけながら、俺たちは逃げるように伊勢の会社をあとにした。
「すいません。さきほど伊勢さんの剣で電話した五島というものですけど。」
「あ、はい。うけたまっております。じゃ、お二階の応接室のほうへどうぞ。」
「あ、はい、わかりました。」
内装はこぎれいでいい感じだ。応接室でしばらくまっていると、大柄な男が入ってきた。
「やあ、どうも。わたくし、佐野ともうします。伊勢君の課の課長をしております。」
「ああ、どうも、わたしは後藤といいます。で、隣にいるのが坂田、その隣が星野です。」
「よろしくお願いします。」
二人そろってあいさつした。
「そちらの方々は、伊勢君のご学友ということで。」
「はい。大学の同級生で同じサークル仲間です。」
「で、伊勢君をわざわざこんな遠くまで探しにこれれたそうで。ご苦労様です。」
「いえ、友達として当然のことです。」
後藤がいいきった。すげえ、こんなくさい台詞俺にはとてもいえねえ。
「素晴らしいですね。いや、こちらとしても、伊勢君が行方不明になったのは、かなりの痛手なんですよ。伊勢君がやっていた仕事はとまるし、マスコミがしょっちゅうやってきては取材させろといってくる。こちらは忙しいのに、そんなのに対応しきれないんですよ。警察はほとんどお手上げ状態ですし。ですから、あなたたちのような協力者は嬉しいのです。あと、伊勢君の住所でしたよね。こちらに地図がありますのでどうぞ。」
「どうも、ありがとうございます。では、質問よろしいですか。伊勢が、行方不明になる前に、何か変わったことはありませんでしたか。」
「いや、特に無いですね。彼はまじめな社員でしたから、普段どおり仕事をこなしていたという印象です。」
「そうですか、普段どおりに。」
「ええ、彼はよく働いてくれまして、残業が続いても、ハードな仕事が続いても、愚痴一つこぼさずにやってくれました。」
あいかわらず真面目だったんだな。大学のころも、こいつは真面目に講義にでてたもんな。俺はまあそれなりだったけど。
「そうですか。では、疲れている様子はありませんでしたか。」
星野が聞いた。
「うーん、なにぶん彼はあまり感情を表に出さない人だったので、なんともいえませんね。」
おいおい、部下の様子をしっかりみるのが上司の仕事だろ。
「では、何も文句を言わずに仕事をこなす伊勢に、あなたがたは仕事を押し付けていたということはありませんか。」
後藤、それはちょっと言いすぎだ。
「いえ、そんなことは無いと思います。」
「でも、あいつが毎日ハードな仕事をしていたことは事実なんでしょ。気づかないうちに押し付けていたってことがあるかもしれないじゃないですか。」
「おい、後藤。」
「後藤君。」
「あんたらがあいつを道具のように扱ったから、あいつがもう嫌になってどっかいっちまってもおかしくねえだろーが。」
「すいません、ちょっともう帰ります。ありがとうございました。」
「おいこら、離せ、おい。」
後藤を二人がかりで押さえつけながら、俺たちは逃げるように伊勢の会社をあとにした。
こうして、俺たちは夏畑に向かうことになった。俺は昨日残業で夜遅かったんで、出発してしばらくしてから寝た。星野と後藤は、夏畑についてからの予定を話し合っていたみたいだった。で、夏畑にはいったところで起こされた。
「おはよう、坂口君。よく眠れた。」
「あー、うん。おはよう。もうついたのか。」
「もうついたのかじゃねえよ。お前、こっちは5時間ひたすら運転してつかれてんだぞ。」
「お前が運転するっていったんだろ。俺は昨日残業で遅かったんだ。勘弁してくれ。」
「まあいいけどさ。とりあえず、もうすぐ昼だし、伊勢探しの前に飯食いに行かねえか。おれ腹へってさ。」
「そうだね。じゃ、どこいこうか。と、いってもこの辺の店ぜんぜんわかんないな。」
「あー、めしならあるぞ。ここに。」
「は、何言ってんだよ。」
「あーっと、弁当持ってきたんだ。あー、直子が持ってけっていうからさ。うん、お前らのぶんもあるぞ。」
「ああ、弁当か。うん、嬉しいけど、それ、あのさ、松井さんが作ったやつだろ。」
松井ってのは、彼女の旧姓だ。
「うん。いいにくいけどさ、あの、松井さんの料理って、その、あれなんでしょ。」
大学時代に直子が弁当を俺に作ってきたとき、後藤にからかわれ、ちょっと食べられたことがある。そのときの後藤は、何も言わずに弁当を返した。俺も一口食べてみたけど、けっこうな味がした。目玉焼きの裏を見てみると、思いっきり真っ黒だった。
「いや、そりゃあのころはな。でも、あいつも上達したんだぜ。」
「うーん、そういわれてもな。せっかく夏畑にきたんだからな。」
「いや、でも、うーん。」
「なんだよお前ら。俺は食うぞ。お前らも一応見るくらいはしてみろ。」
いつもはひやかされるのを嫌がってるけど、なんかあいつのことをバカにされるのはくやしい。あいつはがんばってるんだ。
「ほれ、どうだ。」
「見た目はまともだな。」
「うん。普通においしそうだね。」
「だろ。だからくってみろって。ほんとうまいから。」
「わかった。食べてみるよ。」
星野は、おそるおそるハンバーグを一口とって食べた。
「あ、おいしい。さめてるのに外はかりっと、中はジューシーに出来てる。これなら、店でだしてもいけるレベルだよ。」
「ほんとかよ。じゃあ俺も。あ、うめえ。これはいいわ。」
「ほれみろ、お前ら。バカにすんなよ。」
「ごめん。これはほんとおいしい。松井さん、がんばったんだね。」
「俺もごめん。それにしても、あそこからここまでになるとは。たいしたもんだな。」
「わかればいいんだよ、わかれば。じゃ、食おうぜ。」
そんなわけで、俺の、いや直子の弁当は大好評。三人とも、一口残らず食べた。で、とりあえずこのあとは、伊勢の勤めていた会社に行くことにした。伊勢の手がかりが一番ありそうな場所だからだ。電話番号は星野が調べてきていたため、電話した。急な話だったけど、とりあえず話をきいてくれることになった。
「おはよう、坂口君。よく眠れた。」
「あー、うん。おはよう。もうついたのか。」
「もうついたのかじゃねえよ。お前、こっちは5時間ひたすら運転してつかれてんだぞ。」
「お前が運転するっていったんだろ。俺は昨日残業で遅かったんだ。勘弁してくれ。」
「まあいいけどさ。とりあえず、もうすぐ昼だし、伊勢探しの前に飯食いに行かねえか。おれ腹へってさ。」
「そうだね。じゃ、どこいこうか。と、いってもこの辺の店ぜんぜんわかんないな。」
「あー、めしならあるぞ。ここに。」
「は、何言ってんだよ。」
「あーっと、弁当持ってきたんだ。あー、直子が持ってけっていうからさ。うん、お前らのぶんもあるぞ。」
「ああ、弁当か。うん、嬉しいけど、それ、あのさ、松井さんが作ったやつだろ。」
松井ってのは、彼女の旧姓だ。
「うん。いいにくいけどさ、あの、松井さんの料理って、その、あれなんでしょ。」
大学時代に直子が弁当を俺に作ってきたとき、後藤にからかわれ、ちょっと食べられたことがある。そのときの後藤は、何も言わずに弁当を返した。俺も一口食べてみたけど、けっこうな味がした。目玉焼きの裏を見てみると、思いっきり真っ黒だった。
「いや、そりゃあのころはな。でも、あいつも上達したんだぜ。」
「うーん、そういわれてもな。せっかく夏畑にきたんだからな。」
「いや、でも、うーん。」
「なんだよお前ら。俺は食うぞ。お前らも一応見るくらいはしてみろ。」
いつもはひやかされるのを嫌がってるけど、なんかあいつのことをバカにされるのはくやしい。あいつはがんばってるんだ。
「ほれ、どうだ。」
「見た目はまともだな。」
「うん。普通においしそうだね。」
「だろ。だからくってみろって。ほんとうまいから。」
「わかった。食べてみるよ。」
星野は、おそるおそるハンバーグを一口とって食べた。
「あ、おいしい。さめてるのに外はかりっと、中はジューシーに出来てる。これなら、店でだしてもいけるレベルだよ。」
「ほんとかよ。じゃあ俺も。あ、うめえ。これはいいわ。」
「ほれみろ、お前ら。バカにすんなよ。」
「ごめん。これはほんとおいしい。松井さん、がんばったんだね。」
「俺もごめん。それにしても、あそこからここまでになるとは。たいしたもんだな。」
「わかればいいんだよ、わかれば。じゃ、食おうぜ。」
そんなわけで、俺の、いや直子の弁当は大好評。三人とも、一口残らず食べた。で、とりあえずこのあとは、伊勢の勤めていた会社に行くことにした。伊勢の手がかりが一番ありそうな場所だからだ。電話番号は星野が調べてきていたため、電話した。急な話だったけど、とりあえず話をきいてくれることになった。
土曜日の朝、まだこの時間だと薄暗い。今日は直子が弁当を作ってくれた。あいつがパートのある日は、自分の分と一緒に俺の分の弁当も作ってくれる。会社に持っていくと、いつもちゃかされる。今日は、後藤と星野のぶんまで作ってくれた。恥ずかしいしそこまでしなくてもいいといったんだけど。ちなみに、直子は俺たちの大学の後輩だ。だから、後藤や星野、伊勢のことは、直接会ったことはないけど、名前ぐらいは知っている。あと、伊勢が行方不明になったことは直子には言ってない。いらない心配をかけたくないからだ。今日も、3人でひさしぶりに旅行に行ってくるとだけ言ってある。現在、6時25分。10分前集合の宣言は守った。あ、あそこにいるのは星野か。
「おーい、星野。こっちだー。」
あ、止まった。俺を探してる。
「こっちだ、こっち。」
気付いたみたいだ。こっちに歩いてきた。
「よう、星野。ひさしぶり。元気してたか。」
「うん、ひさしぶり。まあまあかな。坂田君は。」
「俺はねむくてしょうがねえ。お前も後藤に呼ばれたんだよな。伊勢のことで。」
星野も大学のサークル仲間だ。今は砂原に本社がある大きな会社で働いている。ちなみに俺は中小企業。
「うん。それにしても伊勢君はどうしたんだろう。僕も後藤君から話をきいてから、自分なりにこの連続誘拐事件のことを調べたんだけどさ。どれもこれもぜんぜん手がかりがないんだよ。」
「そうか。でも、俺は伊勢はそれとは関係ないと思うけどな。」
「でも、この事件は、もう40件以上も起こってるんだよ。何も関係が無いとは思えない。伊勢君がいなくなってからも続いてるし。きっと何かある。」
「まあ、何も関係がないともいいきれないけどさあ。」
「あいかわらず適当だね、坂口君は。まあ、この事件の被害者の特徴は、27歳以上であることだけだし、ほとんど手がかりが無いに等しいから、断定するのも難しいけどね。」
「そうだろ。」
そうこうしているうちに後藤がついた。後藤は、車の中に懐中電灯や肩まである長靴、ロープにシャベルなんかを積んできた。こいつはどこを探すつもりなんだ。あと、車に思いっきり後藤酒店って書いてある。別のはなかったのかっていったら、
「もう一台あるけど、店で使ってる軽トラだ。もちろんこれは書いてある。それに、宣伝するのは当たり前じゃないか。」
といわれ、相手にされなかった。まあいいけど。
「おーい、星野。こっちだー。」
あ、止まった。俺を探してる。
「こっちだ、こっち。」
気付いたみたいだ。こっちに歩いてきた。
「よう、星野。ひさしぶり。元気してたか。」
「うん、ひさしぶり。まあまあかな。坂田君は。」
「俺はねむくてしょうがねえ。お前も後藤に呼ばれたんだよな。伊勢のことで。」
星野も大学のサークル仲間だ。今は砂原に本社がある大きな会社で働いている。ちなみに俺は中小企業。
「うん。それにしても伊勢君はどうしたんだろう。僕も後藤君から話をきいてから、自分なりにこの連続誘拐事件のことを調べたんだけどさ。どれもこれもぜんぜん手がかりがないんだよ。」
「そうか。でも、俺は伊勢はそれとは関係ないと思うけどな。」
「でも、この事件は、もう40件以上も起こってるんだよ。何も関係が無いとは思えない。伊勢君がいなくなってからも続いてるし。きっと何かある。」
「まあ、何も関係がないともいいきれないけどさあ。」
「あいかわらず適当だね、坂口君は。まあ、この事件の被害者の特徴は、27歳以上であることだけだし、ほとんど手がかりが無いに等しいから、断定するのも難しいけどね。」
「そうだろ。」
そうこうしているうちに後藤がついた。後藤は、車の中に懐中電灯や肩まである長靴、ロープにシャベルなんかを積んできた。こいつはどこを探すつもりなんだ。あと、車に思いっきり後藤酒店って書いてある。別のはなかったのかっていったら、
「もう一台あるけど、店で使ってる軽トラだ。もちろんこれは書いてある。それに、宣伝するのは当たり前じゃないか。」
といわれ、相手にされなかった。まあいいけど。
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